ウイスキーには煙草の灰を一匙

リョウ

ウイスキーには煙草の灰を一匙

「あれ何だい?」僕は隣の友人に訪ねた。

 昼間往来を歩いていたら、通りに面したアパートの窓から、人の上半身が投げ出されていた。落ちる気配はまだないが、あの調子じゃいずれ落ちるだろう。

「ああ、あれね」友人は窓を見たが、至って平静だった。「いつもああなんだよ。あそこの住人の習慣――というか、悪癖ってやつさ。つまり酔っぱらってるんだ」

「酔ってるの? いつもあんな風に?」

「いつもね」

「でも心配じゃないか?」

「そうだな」友人はため息を吐いた。「だからあれを見かけた人間は、あの酔っ払いを助けに行かなくちゃならないんだ。一種義務みたいなもんだね」

「じゃあ早く行かなくちゃ」

 アパートの階段を駆け上がって、僕は部屋の扉を開けた。鍵が開いてるのも、誰かの助けを見越してのことなんだろう。

 すると部屋の奥からガラスの割れる音が聞こえた。僕と友人は音の鳴った方へ進んだ。そこは寝室で、傍のテーブルからウイスキーの入ったグラスが床に落ち、中身がぶちまけられていた。しかもさっき見かけた窓の傍だった。

「あれ、いないぞ」窓には誰ももたれかかってはいなかった。

「下、下」友人は僕に、窓の外を見るよう促した。

 指示された通り窓の外を見ると、地面に、さっき窓にもたれかかっていた男が倒れていた。ここからも良く見えるくらい頭から血を流していた。

「死んでるじゃないか!」僕は慌てて窓から離れた。

「まあまあ」けれど友人の様子はずっと変わらず平静で、ベッドに腰かけ煙草を取りだし吸い始めた。

「どうしてそうのん気でいられるんだ」

「次の仕事の前に一服さ。この部屋の酔っぱらいを見かけたら俺たちは仕事をしなくちゃならない。でもってこれから最後の仕事だ」

「仕事って?」

「葬儀屋の手配だよ。この部屋はどうも死人が多く出る。たぶん大家が強い酒を持ってくるせいだろうな」友人のこぼした煙草の灰が、床のウイスキーの上に落ちた。「俺はもう四度目だよ。ま、一種義務みたいなもんだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウイスキーには煙草の灰を一匙 リョウ @koyo-te

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ