4. 割り箸の論理

 放課後の廊下はしんと静まっていた。運動部の喧騒も三階までは届かない。会長の上靴がリノリウム風の床を叩いて、僕はそれに続いた。生徒会室は三階の西で、僕らの教室、一年二組は一階の東だ。まずは階段を目指す。



「あの、何で教室へ?僕の机に証拠が残されてるとかですか?」

「証拠があるかは五分五分だね。君の気持ちは分かるよ。私が謎を解決したのが信じられないんだろう」


 図星だ。こういうとき、僕は黙る。前を行く会長の顔はきっと意地悪な笑みを浮かべているだろう。


「教室へ着くまで暇だし、簡単な推論は話してしまおうか。その方が着いてからもスムーズに済む」


 階段に着いて、ゆっくりと降りていく。野球部のかけ声が徐々にグラウンドから届いてくる。


「今回の謎は、『二本の割り箸から、何故折れた割り箸が選ばれたのか』だったね。けれどそれは君の疑問だ。私の興味は最初からその前提の方にあった。彼女が割り箸を貰った理由についてさ」

「それは箸を忘れたからでしょう」

「いいや、まずそこが違うんだ。彼女が箸を忘れたから君に割り箸を貰うのは、今回に限れば変だ。彼女は教室の外で弁当を食べたのだからね」


 会長の言葉はそこで止まった。僕に考える時間を与えるように。しかしいくら頭を捻っても、この論理は理解できなかった。教室の外へでたことと割り箸に、どんな関連があるっていうんだ。

 とうとう階段を降り終わったとき、沈黙は終わった。会長の説明は質問から再開する。


「そもそも、何故君は割り箸を準備しているのかな」

「箸を忘れたとき使えるようにですよ。さっきも答えました」

「それでは不十分だよ。割り箸なら、学食にもあるじゃないか。学食や横のテラスで弁当を食べる生徒は珍しくないだろう。」

「だって学食まで移動するの面倒じゃないですか?どうせクラスメートと食べるのに……あっ!そうか」

「君みたいに教室で食事するなら、学食まで移動するのは億劫かもしれない。けれど、初めから教室の外で食べる予定だったら?その場所が何処であれ、学食に変更すればいいと思わないかい。少なくとも、接点のない男子に貰うよりは気楽でスマートだ」


 会長の言う通りだ。柏木さんが箸を忘れてたなら、学食へ行ってそこの割り箸を使う方が自然だった。彼女が教室の外で食べる予定だったなら、割り箸を借りる必要性はかなり薄かったんだ。


「……折れた割り箸に気づいたから、学食に行った可能性は?」

「ないよ。彼女が教室を出る前、君に会いに来たからね。彼女はもう一本の割り箸があることも知っているのだから、それと交換して貰うこともできた。そうしなかった以上、教室外での昼食は前から決まっていたものだ」


 会長は真っすぐ廊下を進む。その歩みに迷いはない。まるで「理」でできた道がずっと向こうまで通っていて、会長にだけそれが見えているようだった。


「勿論、彼女の食事場所が変更不可能だった可能性はあるよ。ただ、教室を出たときのことも気になってね」

「柏木さんの様子ですか?別に普通だったと思いますけど」

「彼女の持ち物だよ。彼女は弁当箱だけ持っていたのだろう。君の説明に一言も割り箸は出てこなかった。風呂敷に一緒に包まれてても、真っ黒な生地に割り箸は目立ちそうだ。少しでもはみ出ていれば記憶に残ったはずさ」


 あの時覚えた違和感はこれだったのか。割り箸を持っている柏木さんが、それを持っていくのが見えなかったから。もし僕が柏木さんなら、包みを解かずに結び目に割り箸を刺す。あの時の風呂敷包みには、少なくとも割り箸は刺さっていなかった。風呂敷の中に箸が入っていたか、同じ黒系統の箸入れだったのだろう。


「これらから導ける推論は一つだ。柏木くんは。少なくとも昼食に関しては」

「他に用途があったということですか」

「普通の割り箸なら無くはない。加工してDIYやら、ティシューを巻いて掃除用具とかね。ここでようやく『何故折れた割り箸を選んだか』という命題が意味を持つ。工作するなら、歪な断面や半端な長さは不都合だろう。まさかバーベキューの燃料にするわけではあるまい」


 会長は自分であげた可能性まで否定していく。僕にはその終着点がまるで見えない。行き詰まりを感じていると、会長の足が止まった。頭上の表札は1-2と書かれている。教室のドアに手がかかる。


「そこで一つ仮説を立てた。その証拠がきっと、ここにある」

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