バトル 💣デッド 

鷹山トシキ

第1話 最初の事件

 栃木県宇都宮市

 巨大なカニの怪物が街に出現した。

 男は子供の頃に読んだ、ギリシア神話を思い出した。

 ゼウスの子勇者ヘラクレス(ヘルクレス座)は、誤って自分の子を殺した罪を償うため、12の冒険を行うことになった。そのうちの1つがヒュドラー(うみへび座)の退治である。化け蟹カルキノス(希: καρκίνος)は、最初はヘラクレスとヒュドラの戦いを見ていた。次第に同じ沼に住んでいる友人であるヒュドラが形勢不利になったため、飛び出してヘラクレスの足を挟んだ。しかし、ヘラクレスは振り払い踏みつぶした。一部始終を見ていた女神ヘーラーは、勇敢なるカルキノスを哀れに思って、天に上げて星にした。


 なお、別のパターンとして以下のような説もある。ゼウスの妻である女神ヘーラーは、ゼウスの愛人の子であるヘラクレスを快く思っておらず、巨大な化け蟹を使いに出した。化け蟹ははさみでヘラクレスの脚を切ろうとした。しかし、ヒュドラとの格闘中のヘラクレスは、全く気付かずに化け蟹を踏み潰して殺した。この捨て身の勇気を認められ、化け蟹は天に昇りかに座となった。

 男はブリザードという吹雪を起こす魔術を操れたが逃げ去った。別に怖かったわけではない。男の魔術は人間のみにしか通用しないのだ。

 

 投資信託会社の社長、風間准一が毒殺された。その捜査にとりかかったばかりの風間家でさらに風間夫人も毒殺され、執事の富樫良純が洗濯バサミで鼻を挟まれた絞殺死体として発見された。富樫は元刑事で私がかつて捜査のイロハを教えた男であった。かくして私は犯人に言い知れぬ憤激を覚えながら現場に乗り込み、栃木県警の大隅けん太警視にマザー・グースの童謡を口ずさみ、事件が童謡の歌詞どおりに起きていることを示唆する。

「それは本当かね?狗巻君」

 鬼瓦みたいな顔をした大隅が言った。 『6ペンスの唄』

 6ペンスの唄を歌おう

 ポケットにはライ麦がいっぱい

 24羽の黒ツグミ

 パイの中で焼き込められた


 パイを開けたらそのときに

 歌い始めた小鳥たち

 なんて見事なこの料理

 王様いかがなものでしょう?


 王様お倉で

 金勘定

 女王は広間で

 パンにはちみつ


 メイドは庭で

 洗濯もの干し

 黒ツグミが飛んできて

 メイドの鼻をついばんだ


 風間准一はパイを食べてなくなった。ソースの中に青酸カリが混入していた。

 風間夫人はハチ毒で殺された。

 富樫の鼻には洗濯ばさみが挟まっていた。


 『6ペンスの唄』は、イギリスを中心とした英語圏の童謡である『マザー・グース』の一編である。原題は "Sing a song of sixpence" といい、数ある『マザー・グース』の中でも五指に入るほど愛唱されている唄である。通常愛唱されている唄は4連で構成されている。

「狗巻君は色んなことに詳しいんだな?」

 大隅が言った次の瞬間、悲鳴が聞こえてきた。私たちが街に出ると巨大なカニの怪物がハサミで通行人を襲撃していた。

 栃木県警はSATを動員し、マシンガンやスナイパーライフルでカルキノスを攻撃したがビクともしなかった。

「オマエたちはそれでもデカか!?」

 大隅がワナワナと震えた。

 そのとき西の方から颯爽とハーレーダビッドソンにまたがった外国人が現れた。彼はノーヘルで、ショットガンをぶっ放してカルキノスをあっという間に蹴散らした。

「ターミネーターみたいだな?」

 そう、私は思った。 

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