第12話 鉱山での戦い 3
シルフィーの魔力から生み出された彼女の分身は、鉱山の中でボスを発見した矢先に、何者かの手によって消滅させられてしまった。そしてその術が解けた後のシルフィーは、ぐったりしながらもすぐに竜の目を使って、自分の分身が消滅した場所で何があったのかを探ろうと動き始める。
だが、シルフィーの調子はあまり良くなさそうだ。
「大丈夫か、シルフィー」
「んー、めっちゃ眠い」
シルフィーの隣で、サリナ先生が回復薬のおかわりを用意していた。
それを摂取しながら、シルフィーは目の前の水晶を覗き込む。
「一体シルフィーの分身に何があったんだ? 別のモンスターか?」
「いや、おそらくだが、分身を攻撃したのは俺達以外の冒険者じゃないかと思う」
それを聞いたブリオが急に顔を真っ赤にしながら、「分身だったから良かったが、本人だったらどうするつもりだ!」と、正体も分からぬ何者かに向けて怒りを露わにした。
彼が怒るのはごもっともだが、薄暗い鉱山の中、しかも分身の近くには本当にモンスターがいたので、ありえない事故ではない。まあ、だからと言って腹ただしくないわけではないが。
「イフトはもしかしてサー、その冒険者に心アタリでもあるノ?」
「んー、まあ、もしかしたらって程度だけど」
俺の頭の中には、今朝ギルドで出会った若い冒険者の顔が思い浮かんだ。確か名前をフォスターと言ったか。彼も鉱山に行くと言っていたような気がするので、エリアが被っていたとしてもおかしくないだろう。
「ジャア、ボスモンスター退治は、その人達に越されチャウネー」
越される、か。果たしてどうだろうか。
「気がかりなのはそこなんだよ」
「エ?」
「シルフィーの分身はボス部屋のすぐ近くだったんだ。あそこで分身が消されるほどの攻撃魔法を使ったら、当然ボスモンスターにも気づかれただろうから、不意打ちは無理だ。となると、正面からの真っ向勝負となるんだが…………」
問題は、ギルドで出会ったフォスターがボスと対峙した場合の時だ。率直に言って、彼の装備で戦えるだろうか。
俺の気持ちを騒がせる元凶は、なんと言っても彼の装備、特に武器である大剣のお粗末さ。
剣を大事にしない冒険者にありがちなのが、仲間の攻撃力強化魔法をアテにしすぎて、自分の武器がなんの問題もなくダメージを与えていると勘違いしてしまうこと。物理武器に施される攻撃力強化の魔法は、武器を保護するコーティングではない。モンスターの体にぶつかるのは間違いなく鋼の刃で、とうぜん刃こぼれもする。どんなに魔法の力を借りようとも、武器はきちんと手入れをしなくてはすぐダメになるのだ。
それに加えて、彼らがボスに辿り着くまでの間、バレルスネークやレッドバットなどのモンスターと遭遇しなかったこともあるまい。あの武器は、既に限界に達しているだろう。
メンバーの中によほど腕の良い冒険者がいることを望むが、もしそうでないのならば、最悪彼らの命が危ない。
「あ、見えた」
シルフィーの言葉が聞こえるなり、俺はすぐに水晶の中を覗き込んだ。
竜蟲の目を通してみた映像は、天井も高く掘り抜かれた七叉路のホール状交差点。映された暗闇は、ガラスに閉じ込めた夜のようだった。
その中で黒いゴツゴツした巨大な塊が一つ。暗くても爛々と輝く黄色い目をぎょろつかせて、地割れのような巨体の割れ目からは長い舌を伸ばしている。
フロッグラグーンは人語を話さないが、理解はする。モンスターの中でも魔族に分類されるだけあって、知恵もある。
だからこそ厄介なところがあるのだ。モンスターの目の前には、一、二、三…………五人の人影が見えた。その中の何人かは膝をついているようで、そんな彼らを見据えるフロッグラグーンは大きな口を開いて体をひくつかせていた。
笑っているのだ。そして痛ぶっている。知恵があるやつはこれだから厄介だ。
「イフト、どうする」
「無論、決まっているさ」
俺達が受注したクエストの目的は、鉱山内のモンスター排除だ。フロッグラグーンを目の前にして、指を咥えて見ているわけにもいかない。
午前と同じようにポジションにつくと、続いてブリオとマーブルもそれぞれのポジションにつく。
だが、問題はシルフィーだ。彼女はすっかり消耗しきっているため、彼女に竜蟲使役以上の負担をかけるのは、酷な話だし精度も期待できない。
「私、まだ頑張れるよ」
そう言うシルフィーの目は半分閉じているような状況で、とてもじゃないがこれ以上の冒険続行は不可能に思えた。
「…………いや、やっぱりダメだな。シルフィーは休んだほうがいい」
「でも、それじゃあみんなも冒険できないよ」
確かに、俺達の遠隔冒険ではシルフィーこそが要だったので、彼女が離脱することはパーティーのクエスト失敗に直結する。
「それでもシルフィーのコンディションが悪すぎる」
「これは私のせいだし、それでクエストを諦めるのは」
「こうなることは予想出来た。その上で指示を出したのは俺だ。責任は俺の方にある」
「私が無理言ったから!」
「だがリーダーは俺だ。言い合っているうちにも危ない人達がいるんだ。とりあえず、すぐにギルドへ救援部隊の要請とクエスト失敗の手筈を伝えないと」
俺がギルドへ走ろうと思ったところで、サリナ先生がいつの間にか俺の隣に近寄ってきていた。
「ちょっとお待ちいただけないかしら?」
「は?」
「もっと早く対処できる方法があります」
そう言ってサリナ先生は、右手の指先を自分の肩に当てると、そのまま鎖骨を滑らせて胸の谷間に突っ込み、そこから魔符を取り出した。
そして、その魔符を俺の眼前に突き出したサリナ先生。
そこに描かれていたのは、魔法陣。この陣は、何度も見ているから細かいところまですっかり覚えてしまった。
これは、転移の魔法陣だ。
つまり彼女の言いたいこと。それは察しがついた。
「物体転移なら魔術師にも出来ます。シルフィーにも役目を全うさせながら、私が攻撃転移を補助しましょう。ギルドに駆けつけるよりも早く、あの冒険者達を救えますわ」
彼女の表情には、やはり微笑みが浮かんでいた。
そしてその手には、転移魔法陣の描かれた魔符の束。
考えている余裕はないか。
「ブリオ、マーブル、配置につけ。急ぐぞ…………サリナ先生、俺達はまた魔法陣を狙って攻撃をしたら良いですか?」
「魔術における物体転移は、入り口と出口それぞれに陣を用意して結ばないといけません…………ですから、現地で誰かが
現地でターゲットの設置。つまりフロッグラグーンに魔符を貼り付ける役目がいるということか。
考えられる方法はいくつかある。
一つ、こちらのメンバーを誰か現地に送り込んで、魔符を持って立ち回らせること。この方法で考えるなら、マーブルが良いだろう。彼女の身のこなしがあれば、フロッグラグーンへの接触は可能かもしれない。
問題があるとするならば、フロッグラグーンの皮膚は矢も刺さらないため、マーブルが弓矢を使って安全圏から魔符を配置できないという点がある。
ならば二つ目はどうだ。魔符の束を窮地に立たされているフォスター一行に託して、彼らに魔符を配置してもらう。現地にいるのが彼らなのだから、こちらの意図がしっかり伝えられれば出来なくはないか。
いや、これは一つ目の案以上に問題がある。まず彼らにはそんな立ち回りができるほど力が残されていないであろうこと。そして、俺達パーティーの狙いを伝えて遂行してもらうことに無理があること。
俺達だってようやく板についてきた在宅勤務の戦い方を、全くの他人である俺達からどう理解させられると言うのだろう。
そもそもフロッグラグーンを相手にする際には、気をつけなければならない点がある。
あの岩のような皮膚は多くの攻撃手段を受け付けないほどに頑強であり、万全の体勢であっても正面からの戦闘は避けるべき相手なのだ。
一つ目の方法も二つ目の方法も、奇襲ではない時点でだいぶ不利である。
ならば、残った方法は三つ目のみ。
「シルフィー、一度だけ転移魔法を使用してほしい」
「うん、任せて」
「サリナ先生は転移の魔符を用意してください。そしてマーブル、お前の魔法も使うぞ」
「イフトさん、何をするつもりですの?」
「フロッグラグーンを倒すために、これ以上ない方法がある」
説明の暇はない。すぐに取り掛かろう。
「シルフィー、転移魔法を展開してくれ。場所はフロッグラグーンの目の前、一点のみだ」
俺の言葉に合わせて、シルフィーが転移魔法を行使した。水晶の中の映像には、フロッグラグーンの頭上に光り輝く魔法陣が出現し、その陣の対となるものが俺達の目の前にも出現した。
「サリナ先生、魔符をフロッグラグーンの正面にばら撒いてください」
すかさずサリナ先生は、手にした大量の魔符を魔法陣の中に放り込む。
フロッグラグーンの頭上から、魔符が雪のように舞い散る光景は少し異様だった。モンスターばかりでなく、フォスター達も何が起こっているのかと呆気にとられている様子が見えたからだ。
「マーブル、フロッグラグーンに
マーブルは言われるがままに、霊樹の灰を鷲掴みにすると、自分の魔法をかけながら灰を魔法陣に放り込んでモンスターに振りかけた。
よし、これで用意はできた。
「サリナ先生、モンスターの前に撒いた転移用魔符の対となるものを俺達に!」
「何が起きるのかしら?」
そう言いながらも彼女は、俺とブリオの前に魔符をばら撒き始めた。
「ブリオ、遠慮なく行こう」
「お、おう!」
どうやらブリオにもまだ作戦の真意が掴めていないようだが、それでも目の前で舞い散る魔符を一心不乱に打ち落とし始める。俺も鞘から抜いた剣を振るい、魔符を一つ残らず斬り捨ていった。
上手くいけば、これでフロッグラグーンは退治できるはずだが。
魔符を狙って攻撃を始めてから数分後、水晶玉を覗いていたマーブルが、大きな声を上げた。
「アアァッ! イフト、モンスターが急に苦しみだしテル!」
「かかったな!」
なおも攻撃の手を休めないでいると、ブリオが己の鉄拳や脚撃を繰り出しながら、声を張り上げた。
「イフト! お前何をしたんだ!?」
「何って、フロッグラグーンに攻撃をしてるんじゃないか!」
俺の作戦は、おそらく在宅勤務でなくても有効な奇襲作戦だろう。加えて、パーティーメンバーの持つ力を有効活用した画期的な方法だった。
まず、フロッグラグーンの目の前に魔符をばら撒く。この魔符がターゲットとなるため、確実にフロッグラグーンの体に設置する必要があるのだが、硬い外皮に貼り付けるよりも体内に取り込ませた方が効果的だ。
そこで有効なのがマーブルの覚えた魔法、
ヌーンによって空腹となったモンスターに、さらにヒップノスをかける。幻覚魔法によって引き起こされる幻覚作用は様々だが、大抵の場合は、術がかかった瞬間にもっとも満たしたいと思う欲求や心に抱える映像などを見せることができる。
つまり空腹になったフロッグラグーンの見た幻覚は、空から降るたくさんのご馳走、バレルスネークだ。
フロッグラグーンは、突然降って現れたバレルスネークを食すだろうが、それらは実は魔符であり、俺達の放ったターゲットとなっている。
モンスターがその魔符を飲み込んでくれたならば、俺達が魔符を攻撃することによって、バレルスネークの体内にダメージを届けることができるというわけだ。
魔符を斬り落としながら作戦の内容を説明して聞かせると、メンバー達からは謎が解けた喜びの声が上がった。
「この作戦、何が良かったって、マーブルの覚えた魔法が見事にハマっているところだな…………マーブル、良い魔法を覚えたな」
「エエ、いやー! それほどデモー!」
照れ臭そうに頭を掻くマーブルは、全身のむず痒さを誤魔化すかのようにクネクネと動き始めた。
そんな彼女の横で、水晶に目を落としていたシルフィーは、モンスターの状況を逐一報告してくれている。シルフィーの見る限りでは、フロッグラグーンのダメージは相当のもの。おそらくもう間も無く倒せるとのことだ。
「よし、じゃあラストスパートと行こうか!」
「あ、ちょっとイフト!」
「ん?」
「モンスターが弱ってきたせいか、例の冒険者達が動き出したんだけど!」
シルフィーの顔が急に青ざめたかと思うと、今度は短く悲鳴を上げて目を覆っていた。
「どうした!?」
「どうしよう、モンスターが弱った途端に近づいていった人が…………」
彼らの動向にもっと注意を向けるべきだったのだろうか。シルフィーが次に発した言葉は、俺や他のメンバー達の表情からも余裕を奪っていった。
「…………食べられちゃった」
「…………そうきたか」
ヌーンの効果が効いていたフロッグラグーンにとって、目の前で動くもの全てが餌に見えていたのだろう。
「どうするイフト、もうフロッグラグーンに攻撃はできんだろう」
あと一歩だったのに。ここまできて上手くいっていた作戦がダメになるとは思わなかった。
ショックを受けているシルフィー。そんな彼女に寄り添い、優しく抱きしめながら、サリナ先生が言う。
「イフトさん、フロッグラグーンは獲物を丸呑みにするので、仮に食べられたとしても時間的な余裕は僅かにあります。まだ助けられるかもしれないわ」
その通りだ。
俺達が在宅勤務を始める前日、シカゴの講演会で聞かされた言葉に心を動かされたはずだ。そして俺が戦い方改革を実践しようと決めた理由がここにある。
全ての冒険者達の安全と安心を守るため、そして若い冒険者達の不慮の死を回避するための戦い方改革。
そう、戦い方改革は在宅ばかりではない。上手に両立させるのも手だ。
「シルフィー! もう一度転移魔法を頼む!」
俺が言うよりも先に回復薬を飲んでいたシルフィーは、喉を鳴らしながら首を縦に動かした。
「行くか!?」
「ああ、助けに行こう。久々の実地戦闘だ」
そう呼びかけた俺達五人の前に、シルフィーが大きな転移魔法陣を出現させた。
<続>
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