第5話 いま忙しいんですけど!
「ねーねー、この竜の目ってサァ、なんで遠くの場所が見えるワケ?」
リビングテーブルに乗せられた水晶玉を覗き込みながら、マーブルが声を上げた。
「そいつは俺も気になってたな。どうなんだ、シルフィー?」
続いてブリオも尋ねてきた。彼も同じ水晶玉を覗いている。
「二人ともこのアイテムを獲得した時の説明、聞いてなかったの?」
シルフィーは呆れたように言いながら、やっぱり同じ水晶玉を覗いていた。
そんな三人のやりとりを見ていた俺は、やっぱり水晶玉を覗いているのだ。
俺たちパーティーが拠点とする家のリビング。その中央に設置された一つの水晶玉を、俺たちは互いの顔を近づけて四方から覗き込んでいた。
本日俺たちが挑むクエストは、危険な森に生える薬草を採取するというものだ。難易度的には比較的易しい部類ではあるが、実は一筋縄ではいかない事情がある。
その事情とはずばり、“パーティーメンバー全員が在宅勤務”をして、クエストクリアを目指すという点に他ならない。
剣士、武闘家、弓使い、ヒーラー。それぞれ役割の違う者同士だが、各々の連携プレーによって幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた。しかし果たして、そんな四人の連携が家にいながらの遠隔冒険でも、きちんと機能するのだろうか。
俺たちは、離れながらにして遠い場所の様子を見ることが出来るアイテム、『竜の目』という名の水晶玉をリビングに置き、みんなでその中を覗き込んでいる最中だった。
本日の天候は快晴。外を歩けばきっと気持ちが良いのだろう。それなのに何故、わざわざこんな暑苦しい様相で一つの水晶玉を覗き込まなくちゃいけないのか。それは、冒険開始早々にブリオの口から出た苦言でもあった。
水晶の中には、早くも探索地域である“イーブイの森”の様子が映っていた。
この村から歩いていけば片道一時間は掛かるところだが、水晶に映されたのは開始から僅か五分後のことだ。
なるほど、在宅勤務とやらも、移動時間の短縮という点ではかなり利便性の高さがうかがえる。
「竜の目っていうのは、
「ムシ?」
「そ!
そうだ。だから強力なモンスターの多い土地などでは、周囲に漂う瘴気が濃いため、通常の動植物が生息していない場合がある。そういった場所では当然竜蟲も活動していないので、このアイテムは必ずしも万能というわけではない。
特殊な製法で作られた遠隔調査用のこの術。本来は蟲使いが得意とする魔術なのだが、“魔法使いと蟲使いは紙一重”と言われる通り、両者を分ける境界線は、かなり曖昧なものなのだ。
「しかしなんだな。こんなに顔を引っ付けて見なくちゃいけないなら、一人一個、この水晶がありゃあ良かったな」
「じゃああと三つ見つけてきてよー。この水晶自体中々無いんだからねー」
村から森までの過程をすっ飛ばすことが出来るのは便利だが、少々気になっている点がある。
「なあシルフィー」
「なあに、イフト?」
「ダメで元々だが、このまま薬草の在処だけ見つけてすぐに採取できそうか?」
「いけたらそうしたいけど…………」
思った通り。限界があるのだろうな。
というのも、このイーブイの森は竜蟲が豊富に生息している場所ではあるのだが、薬草の自生地帯には
この森には一度自分たちの足で入ったこともあるので、今回の冒険で課題となる点はなんとなく見当がついていた。
「昨晩話した通り、薬草なんかのアイテムは私たち自身が自分たちの手で毟り取らなくちゃいけないので、目的地に着いたら転移魔法を使って現地に降り立つんだけど、そのためには近隣のイーブンを排除しておく必要があります。いい?」
シルフィーの言葉に、俺とブリオは不安な表情で頷いた。
近接戦闘要員である俺とブリオが、どのように在宅勤務を実践するか。昨晩の打ち合わせだけではやはり正直言って不安だ。
「な、なあイフト。昨晩の打ち合わせ、どんなんだったっけ?」
ブリオに至っては、単純に酒のせいで覚えてないってのも少なからずあるらしい。
「俺たちは戦闘の際に、
「あ、ああ」
ブリオは両手両足を順々に掲げて見せた。リボンのように長い魔符を包帯に縫い付けたものが、両手には掌から手首にかけてしっかりと巻かれ、そして両足にはくるぶしから爪先が隠れるぐらいまで巻いてあった。マーブルも、矢の先端に巻いた魔符を指で摩り確認した。
局所転移魔法は、非実体型の小さな魔法陣を出現させる魔法だ。普段であれば離れた場所に物を届けたりする時に使用する。
しかしこの魔法は、その小型魔法陣を狙った場所に出現させるという、高度な座標捕捉技術を要求されるものであり、これを目まぐるしく状況が変わる戦闘の場面で使用するという、今回のような試み自体がひどく大変なものである。
シルフィーはこの方法に納得をしているようではあるが、近接攻撃手二名、遠距離射撃手一名の面倒を一気に見ることが、果たして出来るだろうか。
柄と鍔に魔符をぐるぐると巻きつけた自分の剣を見て、俺は一抹の不安を覚えた。
「シルフィー。キツくなったら遠慮なく離脱するんだ。竜の目を使った冒険は、ダメならすぐに諦められる。そういう点でも便利なんだろ?」
「うん、ありがとう!」
「いっそのこと、戦闘中に俺とイフトを現地に送り込んでもいいんじゃないか?」
「それだとリスクが高いんだよ。地面や生地に描く物理型魔法陣もそうだが、非実体型魔法陣も転移中の事故を避けるために、一定時間開き続けるんだ。だから、俺たちが潜った後の魔法陣にモンスターが押し寄せてきたら、村に招き入れてしまうことになる」
「攻撃用に開く局所転移の魔法陣は良いのか?」
「そのための魔符だ。この魔符に込められた効果は、魔法陣の強制終了だぞ。それに今回の冒険は、多少の不便も覚悟の上だ。まずは戦い方改革をやってみようということで、この難易度なんだから」
ブリオが難しい表情を浮かべた。大方、このやり方が気に入らないのだろう。
彼の意見も分からないわけではない。果たしてこれが効率の良い冒険につながるのだろうかと言えば、俺にも正解は分からないのだから。
確かに生身の体を傷つけるリスクは減るだろうが、転移魔法の使用過多という問題が起こる。シルフィーが一人で在宅勤務をするなら微々たる問題だろうが、俺たち三人分も面倒を見るとなれば話が違ってくるわけだ。今までの冒険手法とは違う、戦い方改革ならではのデメリットが存在するのは間違いない。
何事も一長一短。良いところも悪いところも、か。
昨晩の自分の思い出に結びついた気がして、なんとなく皮肉を感じる。
「イフト、なんか疲れた顔してルナ?」
「ほんとだー。なんか何もしてないのに、既に敗けたみたいな表情」
「縁起悪い顔するな、馬鹿者」
「…………ごめん」
諸々の確認事項を終えた俺たちは、再び水晶玉を覗き込む時に専念した。
その時だった。
「おーい、イフト!」
リビングから見える庭の向こうに、隣人の道具屋がいた。
仕方ない。こうして冒険中に来客対応ができるのも、この在宅勤務のメリットであるのだから。俺は一人席を離れて、庭に出て行った。
「なんだ、お前らパーティーは今日もお休みだったのか?」
「いや、今ちょうど冒険中なんだ」
「は?」
「えっと、何て言うか…………今日は在宅勤務の日だ」
「え?」
「あのう…………も、もうすぐモンスターが現れるから、戻ら、なきゃ」
「え、大丈夫?」
「おう、もちろん! 準備は万端だ」
「え? えっ?」
その時、背後からブリオとマーブルが声を上げながら庭に飛び出してきた。
まさかこの展開。急いで振り返ると、片手に水晶玉を乗せたシルフィーが立っていた。
「イフトォッ! イーブンが攻めてきた! 数が多いよ!」
「よし、わかった!」
道具屋の「え、何!?」という声を浴びながら、俺は魔符の巻かれた剣を握って構えた。
だが。
「みんな! 今日はイーブンの
「
真っ先に吠えたブリオが、自分の目の前に現れた魔法陣目掛けて鋭い回し蹴りを炸裂させた。その足の先端は確実に何かを捉えたような反動を受けており、瞬時に消え去る魔法陣を貫きながら、風を切る音が鳴った。
そして空中に出現した三つの魔法陣もまた、マーブルから放たれた矢の一閃が飛び込むと同時に姿を消していく。大空に放たれたはずの矢は、魔法陣に命中するなりその姿を消してしまい、手品か魔法のようにも見えた。
そして俺の目の前に出現した三つの魔法陣。これを見てすぐにピンときた。
イーブンの体躯に合わせた急所の位置だ。
「さすがマーブルッ!」
俺の前方でその身を光らせる刃が舞った。
一振り。相手の右脇腹から左肩を繋ぐように斬る。
二つ返し。相手が放つ苦し紛れの反撃を払い落とす。
三度突き。姿勢を崩した隙に放つ鳩尾への追撃。
「次! イフト後方にも! ブリオは左右から二体同時! マーブル上空の二つを射抜いたらすぐにブリオの後ろ!」
心の通じ合ったパーティーメンバーだからこそ成せる、攻撃ポイントの明示。おそらく現地のイーブンたちは、わけも分からぬまま、光の輪から繰り出される攻撃に対して、がむしゃらに反撃してきているのだろう。
攻撃を繰り出す俺たち三人には、現地の様子は目に見えない。しかし、シルフィーの出現させる魔法陣の位置が、敵の位置や姿勢を知らせてくれる。そして俺たちは、目の前に現れた的を決して外さぬように確実に狙う。
この連携が上手くいく理由は、間違いなく一つしかない。これは、パーティーの関係性を如実に物語るバロメーターなのだ。
俺たちのパーティーは、非常に良いパーティーなのだ。
俺たちが庭先で見せる動きは、端から見ればものすごく真剣な顔で素振りをしているようにしか見えないのだろう。しかもシルフィーが出現させる魔法陣を狙って、俺とブリオとマーブルが動く。
この図式はよほど珍妙な光景に見えるのは分かっている。
唖然とする道具屋の様子を不思議に思った近所の住民が、一人二人と集まり始めた。そうなれば当然、俺たちの様子を目にすることとなり、道具屋と同じ反応を示す。
「おい、イフトたちは冒険にも行かず何やってるんだ?」
「わからん。もしかしたら全員毒キノコでも食っちまったんじゃ…………」
「だ、誰か医者呼んできた方が」
「シルフィーがなんだか鬼軍曹のように指示出してるわ」
なんだかあちこちから、とんでもない誤解の声がチラホラと聞こえてくる。
だがしかし、今はその誤解に受け答えをしている場合ではない。仲間が必死に戦っている中で、俺だけ恥ずかしがったり誤解を解きたいだのと言って、手を休めるわけにはいかないのだ。そしてその想いは、他の者達も一緒のはずだ。
シルフィー、鬼軍曹って呼ばせてしまってごめん。顔を真っ赤にしている彼女は、なおも声を張って指示を出しまくっている。
「みんな! ラストスパートッ! 攻撃力強化の魔法かけるから一気にたたみかけて!」
「応っ!!」
俺たちの呼応に合わせて、シルフィーが
しかしその時、俺たちの様子を伺っていた村人たちから悲鳴が上がった。
「ああ! 大変だ! 薪売りの腰につけてるナタが光ってるぞ!」
「こっちもよ! さっきまで野菜を切ってた包丁が、今ならなんでも切れそうよ!」
「庭師の野郎が、午後の仕事が昼前に終わりそうだって言って、光る枝切り鋏持って走って行ったぞ!」
この日、村人全員の戦闘力が上がった。
これはこれで一大事だ。仮にイーブンが魔法陣を抜けて村に押し寄せてきても、今ならなんとかなる。
しかし、もはやそんなことに動揺する余裕がない。シルフィーは未だ終わらぬイーブンの攻撃に目を回しそうになり、魔法陣の座標精度が少しずつ落ちてきていた。
その影響は攻撃手の俺たちにも降りかかっており、攻撃が思うように当たらなくなってきた。
「シルフィー! ガンバレー!」
「頼むぞ! あともう一息!」
「シルフィィィィッ!」
「うるさーいっ! やってるっつーの!」
あんなに叫ぶシルフィーを初めて見た。
そんな時でも、村人たちには俺たちの必死さが伝わらない。
「なあなあ! もう一回攻撃力上げてくれ!」
やるわけないだろ。こっちは必死なんだ。
「午後も頼むぜ!」
今頼まれても返事すら出来ないんだって。
「ちょっとぉ、切れ味が落ちてきたわぁ」
そんなこと知るか!
俺たちは、攻撃の手をほんの一瞬だけ、本当に一瞬だけ忘れて一斉に村人たちを見て怒鳴った。
「いま忙しいんですけどぉっ!!」
◆◆◆◆◆◆
冒険が終わった後の一杯は、いつだって美味い…………はずだった。
「い、いつもより疲れた…………」
シルフィーの一言に、俺たちは全員で頷いた。そして酒を片手にしながら項垂れた。
そこに、注文しておいた料理を手に持って、酒場の主人がやってきた。
「ま、初めてならそんなもんだろう。とりあえず、クエストクリアお疲れさま!」
クエストは何とか目的を達成した。
今日、初めて在宅勤務をしてみて思ったのは、まだまだ課題が多いということだ。
しかし、これで諦めるわけではなく、是非とも今日のような冒険の仕方を余裕でこなせるようにならないと。
「とりあえずみんな…………お疲れさま」
「ウイー…………」
今日は深酒しないでもぐっすり眠れそうだな。
<続>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます