第48章 12月31日/1月1日
第1話 穏やかな大晦日
クリスマスも終わり、世の中は年末へと向かいはじめて、1週間ほど。
大晦日の昼間、俺は布団の中で微睡んでいた。
「なんでこう、年末ってやる気が出ないんだろうな……」
「やっぱり、気が抜けるんじゃないですか?」
ぽつり、と呟いた問いに答えた声の主が、俺と目線を合わせるように、ベッドの側へと腰掛ける。
甘い香りを漂わせるのは、俺の可愛い彼女──雨空蒼衣だ。
「特に今年は、もう大掃除も終わってやることもありませんし」
「それはたしかにそうだな。まさか午前中に終わるとは」
「日頃、しっかり掃除をしてますからね」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ」
布団の中で、頭を下げるように顔を動かすと、蒼衣もぺこり、と頭を下げる。
「大晦日に慌ただしく掃除をするのもいいですけど、のんびり過ごすのもいいですよねぇ」
ぽすん、と顎を布団に載せた蒼衣が、へにゃりと表情を緩める。
その頭に手を伸ばし、軽く撫でると、さらに表情が緩んだ。触り心地は気持ちいいが、寒いな……。
「お前、寒くないのか?」
「寒いですよ? でも布団に入ると出れなくなりますからね。わたしにはまだ今年最後の仕事が残ってますので」
「仕事?」
「はい。年越しそばの準備です! ……まあ、作業をはじめるのはもう少しあとですけど」
「……エビ天はあるんだよな?」
「ちゃんとありますよ。作り置きしてあります」
ふふん、と得意げな顔をする蒼衣をさらに撫でる。
「さすが蒼衣」
「もっと褒めてください」
おー、よしよし、と髪をもふもふといじくると、きゃうー、と蒼衣が声を出す。
小動物というより、もはや犬だなこれ。
「わん、って言ったほうがいいです?」
「言わなくていい。というか、年末まで思考を読むんじゃねえよ」
「いえ、さすがに今のは誰でもわかると思いますよ。触り方が完全に犬でした」
「まあ、それはそうだな……」
「先輩に従順な忠犬蒼衣ちゃん、いかがです?」
「……首輪つけたほうがいいか?」
「わお、先輩大胆なこと言いますねえ」
「お前が言わせたみたいなものだろ……」
呆れたように蒼衣を見ると、くすくすと笑う後ろに尻尾が見えたような気がした。犬の尻尾ではなく、小悪魔の尻尾だが。
「……まあいい。年越しそばを作ってくれるのはありがたいが、寒いならちゃんと着込んでおけよ?」
「わかってますよー。というわけで先輩、パーカー借りますね」
「自分のあるだろ……」
「ちょっとだぼっとしてるほうが暖かいんですよ。あと先輩の匂いしますし」
「同じ洗剤と柔軟剤のはずなんだが……」
なぜそんな匂いが、と思ったものの、同じシャンプーを使っていても、風呂上がりの蒼衣からは甘い香りがするので、男女で何か違いがあるのだろう。
「……というか、俺の匂いって服に残るのか……?」
体臭がきついのか、と少し心配になり、服の匂いを確認するが──うーむ、わからねえな。
「気にしなくても大丈夫ですよ。ほんの少しですし、いい匂いですから」
「それならいいんだが。……というか、いい匂いだと思ってるの、お前だけの可能性があるんだよなあ」
「それならそれで構いません。わたしだけが先輩の匂いの良さをわかっていればいいのです」
そう言って、笑う蒼衣を見ながら思う。
「……なあ、蒼衣」
「なんですか?」
「会話内容が変態っぽいな」
「なんてこと言うんですか!?」
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