第12話 食後のケーキは懐かしく
「美味かった……」
そう呟きながら、俺は小さく息を吐く。
「それはよかったです」
ふわ、と笑う蒼衣が、机の上を片付けていくのを眺めながら、口を開く。
「もう2年くらい蒼衣の料理を食ってるが、毎回上手くなってる気がするな」
「当たり前ですよ。わたしは日々成長し続けているんですから」
「それは今後がさらに楽しみだな」
にや、と笑う蒼衣に、俺も軽く返しつつ、グラスに残った酒を飲み切る。
……今日はなんだか、よく飲んだ気がするな。
そう思っていると、洗い物を台所へと持って行った蒼衣が、違う皿を手に持って、戻ってくる。
「さあ、先輩。お待ちかねのケーキタイムですよ?」
その言葉と共に、ことり、と机の上に置かれた皿には、チョコレート系の土台の上に、黄緑色の丸いフルーツがこれでもかと盛られている。
「お、マスカットのケーキか」
「はい。シャインマスカットのチョコケーキ、だそうです。秋限定らしいですよ」
「へえ。美味そうだな」
「ですよね。わたしも見たとき、これが1番美味しそうかな、と思ってこれにしたんですよ」
そう言いながら、蒼衣は手際よくフォークの準備をし、紅茶を淹れ、俺の前へと置いた。
「はい、準備できました! ささ、どうぞ!」
「おう、さんきゅ」
俺は、フォークを手に取り、ケーキを見る。
……ふむ。これ、どこから食うのが正解なんだ?
まあ、丸い形状のせいで、選択肢はひとつしかないのだが。
そう考えて、俺はひと思いにマスカットをフォークで突き刺す。
一瞬、逃げられるような手応えがあったが、なんとか無事に刺すことには成功した。
マスカットって案外硬いんだなあ、なんて思いつつ、それを口に放り込む。
「ん、これ美味いな。今まで食ったマスカットの中で1番美味い」
さっぱりしているが、しっかりと甘い。これは間違いなく、これまでで1番のマスカットだ。……まあ、マスカットなんて数えるほどしか食ったことはないのだが。
「シャインマスカットってそれなりにお高いマスカットらしいですからね。最近流行っているみたいですよ?」
「へえ。……今度買ってみるか」
「ひと口でそんなに気に入ったんですか!?」
「いや、マジで美味いぞ。食ってみればわかる」
「そんなにですか。じゃあ、わたしも……はむ……っ!」
口に入れた瞬間、蒼衣の目が輝く。
「これはたしかに、先輩が買いたくなる気持ちもわかりますね……! ずっと食べられるタイプの甘さです!」
「だろ?」
「しかも……下のチョコケーキもビター系で、マスカットの甘さが引き立ちますねぇ」
んふー、と目尻を下げながら、ケーキを口に運ぶ蒼衣。幸せそうに食うな、こいつ。
そんな彼女を眺めつつ、俺もケーキ部分を口に運ぶ。たしかにビター系だが、ほんのりと甘く、これだけでも美味い。
「これ、いつものケーキ屋か?」
「そうですよ。最近行ってなかったので、やっぱりここかな、と思いまして」
「まあ、俺と蒼衣にとってのケーキ屋といえば、みたいなところあるからな」
いつものケーキ屋、というのは、大学の近くにある、少し高めのいいケーキ屋のことだ。一時期は、蒼衣が機嫌を損ねるとお詫びに買わされたものだ。
……まあ、機嫌を損ねる、なんて言ってはいるが、実際はそんな大事でもないことばかりだったが。
なんだか少し懐かしいな、と思っていると、蒼衣が頷きながら答える。
「ですよね。新しいケーキもたくさん増えてましたし、近々また行きたいです」
「へえ、ちょっと気になるな。俺も覗きに行くか」
「じゃあ、今度の大学の帰りにでも一緒に行きましょうか」
「思ったよりも直近だな」
「善は急げ、というやつですよ」
そう言って、ぴん、とフォークを立てながら、ウィンクを飛ばしてくる蒼衣に、俺は小さく笑う。
「ケーキは善なのか」
「甘いものは正義ですよ、先輩」
「カロリー」
「その話はしないでください」
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