第4話 ラーメン前のひととき

店内に入り、席でメニューを眺めながら、蒼衣が不思議そうな声を出した。


「横浜家系ラーメン、ですか?」


「おう」


そう、横浜家系ラーメン。この駅前にはまだなかったジャンルのラーメンだ。


一度食ってみたかったんだよなあ。


「どんな味なんですか?」


変わらずメニューに目を通しながら、蒼衣がそう聞いてくる。


いつも通りに答えてやりたいところなのだが──


「残念ながら、俺もはじめて来たから知らない」


「そうなんですか? 先輩が来たことないラーメン屋さんって、珍しいですね」


「ここ、先月に出来た店らしくてな。ほら、最近ひとりで飯食うこともなかったし、来れてなかったから」


「なるほどです」


ちょうどそのタイミングで店員が通りかかったので、ふたり揃って店名を冠したラーメンを注文する。ちなみに、俺は大盛りだ。


店員が立ち去ったところで、ちびり、と水を飲んだ蒼衣が口を開く。


「……言われてみれば、最近ってほとんど先輩と一緒にご飯食べてますね」


「だろ? ……改めて考えると、飯関係なくほぼずっと蒼衣と一緒にいるな……」


「ですよね」


そう短く返事をしつつ、そんな事実が嬉しいらしい彼女は、少しだけ口角が上がっていた。隠しきれてないぞ。隠す気もないのかもしれないが。


普通の大学生……に限らず、普通の恋人ってこんなに一緒にいるものなのだろうか。……いや、多分いないな。


普通なら、こんなに朝から夜まで一緒にいる、なんてことはないのだろう。だが、幸か不幸か──いや、間違いなく、幸いにも──俺と蒼衣の住む場所は、至近距離。オマケに俺も蒼衣もひとり暮らしときている。


となれば、ひとりでいるには暇を持て余しすぎるので、ふたり一緒にいる、ということになるのだ。


……最近は蒼衣が俺の部屋に泊まることが普通になってきていて、半、どころかほぼ同棲状態だが。


いや、だって、ほら、帰れって言うのも違うだろ? それに、もうそんなことを言う理由もないわけで。あとはまあ、ほら、アレだ。風呂上がりの蒼衣が見れたり、同じベッドに入ったりとかいいことばっかりだから仕方ないというかなんというか。


「先輩?」


「ん? いや、なんでもないぞ?」


「明らかに何かあるときの反応ですけど……。まあ、先輩がわたしとずーっと一緒にいることを望んでくれているみたいなので、よしとしましょう」


「よしとするも何も、それが考えてたことなんだよなあ……」


毎度のことながら、心を読むんじゃねえ。


「先輩はそろそろ隠す技術を身につけるべきだと思いますけど?」


「思ってる側から読むんじゃねえよ……」


別に、もう読まれて困ることもないのだが。……いや、あるな。サプライズとかするときに困る。……多少は隠せるようになったほうがいい、か。


……この筒抜けの感じも悪くはないんだがな。


そう考えていると、テーブルにラーメンが運ばれてくる。


蒼衣の視線は運ばれて来たラーメンへと向かっていて、そんな俺の思考は、どうやら彼女にバレずに済んだようだ。


──なんて思っていると。


こちらをちらり、と見た蒼衣が、ぱちり、と小悪魔チックなウィンクを飛ばしてくる。


……あ、これバレてるな。


俺は、誤魔化すように割り箸を手に取り、半分に割った。


……変な割れ方をした。なんだこの敗北感。

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