第9話 温もりとともに安眠を

かくん、かくん、と世界が揺れる。意識が断続的で、思考がまとまらない。


「……ダメだ。眠すぎる……」


無意識に、俺はそう呟く。というか、呟いてから発した言葉を理解した、という感じだ。


「……お疲れですね。明日もありますし、そろそろ寝てください」


ぴょこん、と蒼衣が揺れる視界に現れるとともに、太ももに載っていた重みが失われる。


「にしても、夜が本番な先輩が、こんな時間に寝るなんて……社会人の生活リズムって、結構健康的なんですかね?」


なんて、少し面白そうに言う蒼衣の声を聞きながら、ちらり、と時計に目を向けると、23時になろうか、というところだ。たしかに早いな……。


「さあな……ふあぁ……」


大きくあくびをしながら、先ほどまで背を預けていたベッドへと、倒れ込むように入る。ぼふん、と包み込んでくる布団が、やけに気持ちよく感じて、眠気が倍増した。


「それでは先輩、電気、消しますよ」


「おう……悪いな……」


ぼやぼやとする頭でそう返す。


いつもなら、帰る蒼衣を送るのだが、今日はそれも無理みたいだ。異常に眠い……。


だが、短距離とはいえ、あんまり夜にひとりで外を出歩かせたくはないしなあ。


そう思って、俺は目を閉じながら、蒼衣へと声をかける。


「蒼衣……今日泊まっていくか?」


「はい。というか、元からそのつもりでした」


えへー、と笑う蒼衣の顔が頭に浮かぶ。


「そうか……なら、電気つけてていいぞ。俺は布団被って寝るから……」


「いえ、もうわたしも寝ますし、大丈夫ですよ」


そう言って、蒼衣は俺が雑に被った布団の中へと潜り込んでくる。鈍っていく感覚の中に、ふわり、と甘い香りが滑り込んでくる。


そして、ぴたり、と。


暖かくて、柔らかい感触が、俺の体へと伝わってくる。


「はい、先輩。先輩専用抱き枕の蒼衣ちゃんです。これで安眠間違いなしですよ?」


なんとか薄目を開けると、至近距離に蒼衣の可愛い顔があった。


「……ん」


俺はただ、反射で抱き締める。


……ああ、たしかに。これは、安眠出来るに違いない。


普段なら、心臓がひと跳ねくらいはするのだろうが、眠気のせいか、ドキドキよりも安堵感が勝る。


なんとなく、大きく息を吸い込んだ。蒼衣の甘い香りが体の芯まで染み渡るような感覚。


それを感じるのを最後に、俺の意識は限界を迎え、暗闇へと落ちていく。


……最後に。


「……先輩、お疲れ様でした。おやすみなさい」


優しくて、心底愛おしそうな声で、蒼衣が言ったのが聞こえた。

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