俺と後輩の日常

第12話 夕食代わりの屋台飯

くじの屋台から蒼衣を引きずって移動したあと、俺たちは運良く空いていたベンチに腰掛けながら、夕食代わりに屋台で買い漁ったものを広げていた。

「何から食べます？」

「そうだな……。とりあえず、焼きそばだな」

「じゃあわたしは……先にオムそばにします」

「……そういえば、それも2人前買ってたな……」

「先輩も食べますよね？」

「まあ、食うけど」

そう言って、割り箸を口に咥えて割る。

「あ、先輩それ出来るんですね」

「ん？　ああ、簡単だぞ？」

「そうですか？　わたし、出来ないんですよね。結構しっかり噛んでおかないと割れないじゃないですか」

そう言いながら、蒼衣は手でぱきり、と箸を割る。ちなみに、蒼衣のほうが綺麗に割れている。

「そうか？　……あー、まあ、そうだな」

言われてみれば、しっかりと噛んでいる気がする。そうしないと割れないのだ。というか、割り箸が口から離れてしまう。

「まあ、行儀の良いものじゃないしな。やらなくていいんじゃないか？」

「それもそうなんですけど、ちょっとかっこいいな、と思いまして」

「それはわかる」

理由はわからないが、なんとなく、口で箸を割るのはかっこよく思えるものだ。実際のところ、別に何もかっこよくはないのだが。

「先輩も、結構様になってましたよ」

「それは喜んでいいのか……？」

「いいと思います。かっこよかったので」

「……そいつはどうも」

うんうん、と首を縦に振る蒼衣が、真面目な顔でそう言ったのを聞きながら、俺は焼きそばをすする。

「いつも思うが、屋台飯って本当に美味いよな……」

「わかります。空気感のせいだとは思うんですけど」

間違いなくその通りだ。別に、この焼きそばが特別美味いわけじゃない。それはわかっているのだが、この雑な味付けの、ソースの濃さが妙に美味いのだ。祭りの雰囲気というのは、本当にすごいものだ。いや、俺たちが単純なだけかもしれないが。

なんて、くだらないことを真面目に考えていると、蒼衣が口を開く。

「ちなみに先輩、屋台のご飯とわたしの料理、どっちが美味しいですか？」

「蒼衣の飯」

「……即答ですか。えへ」

もはや反射的に答えた俺に、蒼衣は一瞬驚いたあと、へにゃり、と笑う。

まあ、当然だろう。いくら屋台飯が美味いとしても、蒼衣の料理に勝てるものなどない。たとえ雰囲気がどれだけ味を左右したとしても、蒼衣の料理が1番だ。そもそも、彼女の手料理という魅惑の響きに勝てるものなどないのである。男というのは単純なものだなあ。

「そんな嬉しいことを言ってくれた先輩には……はい、あーん、です」

にまにまと口角を上げる蒼衣が、いつの間に出したのか、たこ焼きを差し出してくる。

「別に言わなくてもやるつもりだっただろ……」

そう言いながら、俺は周りにちらりと視線を向けた。

「大丈夫ですよ。誰も気にしてませんから」

「……まあ、それもそうか」

たしかに、祭り中に周りなんて気にしない、よな。

恥ずかしさから目を背けながら、俺は蒼衣の差し出したたこ焼きを食べる。買ってしばらくしているからか、熱すぎないちょうどいい温度だ。カリッとしていて、ソースの風味もしっかりとしている。うむ、美味い。

「どうです？」

「美味いな。屋台のたこ焼きだけは、家で再現できないよな」

「家ではガスの鉄板は使えませんからね。カリッと感が出ないんですよねえ」

「そうなんだよなあ」

家庭用のたこ焼き機って、基本ガスじゃないから火力不足なんだよな。そのせいで、どうしても屋台ほどのカリッと感は出ないのだ。

「でも、家でするたこ焼きって、ちょっと違う楽しみ方がありますよね。中に入れるものを工夫したりとか。ソーセージにチーズ、ベーコンとか、あとはチョコとかですかね」

「もはやたこ焼きじゃねえ……」

あと、先輩、チョコはやめといたほうがいいと思います。

「広い意味でたこ焼きですよ。はい、あーん」

「ん。……どれだけ広げても、タコが入ってない時点でたこ焼きではないと思うが……」

「細かいことを気にしたらダメです。工程が一緒ならたこ焼きです」

「暴論すぎる」

蒼衣、たまにものすごく適当になるよな……。いや、俺が変なことを考えすぎなだけかもしれないが。

「まあまあ、そんなことはいいじゃないですか。はい、先輩、どうぞ」

「おう。……おう？」

俺は、蒼衣に手渡されたトレーを手に取る。

「なんでトレーごと？」

「先輩。あーん」

俺の疑問には答えず、蒼衣が小さな口を開いた。

……なるほど。

「俺もやるのか……」

そう言いながら、俺は爪楊枝をたこ焼きに刺し、蒼衣の口元へと差し出す。

ぱくり、と口に入れたあと、蒼衣は満足そうにもこもこと食べた。

この餌付け感、癖になるんだよなあ。

無意識の間に、俺は爪楊枝を次のたこ焼きに刺し、蒼衣へと差し出す。

「もう1個食うか？」

「はい」

人のいる場所でやるのは恥ずかしいのだが……まあ、いいか。

蒼衣の口にたこ焼きを放り込みながら、そう思う。

「では先輩、お返しにベビーカステラです。あーん」

差し出されたベビーカステラに口を開くと、ふわりと甘い香りがする。そしてそれが、口に放り込まれると同時、柔らかいものが唇に触れる。どうやら、蒼衣の指に触れたらしい。

ほんの少し、どきり、としたが──当の本人はあまり気にしていないらしい。楽しそうではあるが。

……まあ、いいか。

そんなことを思いながら、俺は蒼衣と食事を続けた。

……のだが。袋の中の食べ物が、減らない。どうするんだこれ……。