第25話 わたしが注がせていただきますね?
夏祭りの空気感を楽しみ、お互いにちょっと気恥ずかしいくらいの話をしたあと。俺たちは、宿泊部屋へと戻って来ていた。
当たり前の話だが、部屋の中は出たときと一切変わっていない。──ある場所を除いては。
その場所とは、部屋の中心に置いてある机だ。机の上には、部屋を出たときにはなかったものが並んでいる。
「おお……!」
「すっごく豪華ですね……!」
机の上に並んでいるのは、蒼衣の言った通り、豪華な夕食だ。どうやら、俺たちが出ている間に旅館の人が用意しておいてくれたらしい。にしても、写真で見たよりも迫力があるな……!
おまけに、美味そうな匂いまで漂っていて、食欲が思いっきり刺激される。
少しだけ綿菓子なんかを食べた影響だろうか。余計に腹が減っている気もするな。
「美味しそうですね……!」
「だな。腹減ったし、早く食おう」
「はい!」
テンション高めに返事をして、蒼衣が俺の正面へと腰を下ろす。俺もそれに倣って、手前へと座った。
別に合わせたわけでもないのに、いただきます、と揃って手を合わせ、言う。
さて、まずはやっぱりこれだよなあ。
そう思い、俺は箸──ではなく。横に置かれたとっくりを掴む。
やはり、まずは酒である。
「あ、先輩。ちょっと待ってください」
「ん?」
俺が首を傾げていると、すすす、と蒼衣が俺の隣へと回り込んでくる。なんだろう、何かあるのだろうか。
「どうした?」
「いえ、せっかくですから」
「?」
首を傾げている間に、蒼衣は俺の手からとっくりを預かり、代わりにおちょこを握らせてくる。
「では先輩。僭越ながらわたしが注がせていただきますね?」
「ん? え? お、おう?」
ぱちり、とウィンクをする蒼衣に、俺はよくわからないままに日本酒を注がれる。それをぐい、と一気に煽ると、喉がかぁっと熱くなり、独特な風味が駆け上がってくる。この感じが美味いんだよなあ。
なんて言っているが、銘柄とかはまったく知らない。俺は日本酒の味の違いがわかるほど、舌が肥えていないのである。
まあ、そんな俺の話はともかく。
「美味いな……」
「そうなんですか? ……気になりますね」
じぃ、ととっくりを眺める蒼衣。
「やめとけ。度数が高いから、はじめて飲むアルコールに日本酒はよくないと思うぞ」
アルコール度数が高いから、というのもあるが、蒼衣がどれくらい飲めるタイプなのかがわからないままでは、この度数は危険すぎる。最初は缶チューハイくらいにしておくほうがいい。あとはまあ、味も好みが分かれるだろうし。
「いえ、飲まないですよー。飲んだら未成年飲酒ですので」
「酒を20歳まで飲んだことのないやつのほうが少ないと思うぞ?」
あまり大声では言えないことだが。案外飲んだことのあるやつは多い気がする。
「じゃあ先輩は少数派ですね」
「まあ、そうだな」
俺は20歳の誕生日にはじめて飲んだからな。すぐ寝た記憶しかないが。
「そんな先輩をリスペクトして、わたしも20歳までは飲まないのです」
「お前、俺がどうとか関係なく飲むつもりなかっただろ」
そもそも、蒼衣はそういうのは守るタイプだ。不真面目な俺と違い、蒼衣は真面目だからな。
「バレましたか」
「当然なんだよなあ」
このくらいのこと、考えるまでもなくわかる。本当に当然のことだ。
「……ま、そんな話はおいといて、だ。注いでくれるのはいいから、食おうぜ」
「はーい」
そう返事をした蒼衣は、なぜか俺の隣から動かないが……。
まあ、いいか。
俺は、箸を掴んで視線を前に向けて、何から食うかを吟味しはじめるのだった。
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