第24話 俺も、1番変わったのは
「先輩は、わたしと出会って変わったこと、何かあります?」
「そう、だな……」
考えてみれば──いや、考えるまでもなく、変わったことは頭に浮かぶ。
そもそも、俺の生活は、蒼衣と出会って一変したのだ。その中でも、印象的な変わったことといえば……。
「……食生活?」
「……まあそうでしょうけど。今の流れは絶対にそれを言う流れではなかったと思いますけど」
蒼衣がほんの少し頬を膨らませながら、そんなことを言う。
いや、うん、わかってるんだが。
「でも1番最初に変わったのって、これだった気がするなあ、と思って」
「この話、定期的にしますけど、先輩の食生活って本当の本当に酷かったですからね」
「それはそうなんだが、実際そういう生活をしてると気づかないものなんだぞ。そんなに毎日インスタント食ってるイメージもなかったし」
「あれだけ食べておいてですか!?」
うむ、と首を縦に振る。先ほどもした話だが、自分がそういう生活を当たり前だと思っていると、それがおかしいとは思わないものなのだ。
「慣れって怖いですね……」
「だよなあ。……まあ、今の生活もなんだが」
「? どういうことです?」
蒼衣はこてん、と首を傾げつつ、はむ、と綿菓子をひと口。小さな口にふわふわとした綿菓子が消えていくのに、なんだか小動物っぽさを感じる。
「今の生活って、出会った当初の俺たちには想像も出来ないと思わないか?」
「……それはそうですね。先輩にご飯を作ったり、先輩の部屋を掃除したり、くらいまではともかく、付き合って、半分同棲みたいになって、温泉旅行に来るところまでは予想外かもです」
「だろ? それが今、普通になってるのってすごいことだな、と思ってな」
「たしかに、それはそうかもしれませんね。付き合うまでの先輩が今の先輩の話を聞いたら、きっとびっくりして気絶しますよ。あと絶対信じてくれないです」
くすり、と笑って蒼衣はそんなことを言う。
「……まあ、間違いなく信じないだろうなあ」
特に、最初に告白される前とかなら、余計に信じないだろう。そのあとだったとしても、きっと信じない。
あのときの俺は、俺自身が誰かと付き合うなんて、考えることすらなかった──いや、考えないようにしていたのだから。
……1年もかからずに落とし切られたくせに、何を言っているんだ、という感じではあるが。これだけ可愛い後輩に、落とされるな、というほうが難しいに決まっているのだ。……というか、落とす宣言をされたときにはもう好きだったからな……。
なぜあのときの俺は逃げ切れると思ったのか、今から思えば謎でしかない。というか、そもそもの話。
「あのときですら、普通に考えたらおかしい生活なんだよな……」
「そうでしたか?」
「間違いなく、な」
首を傾げる蒼衣に、俺はうむ、と頷く。
「ひとり暮らしの男子大学生の部屋に付き合ってもいない女子大生が普通に出入りしてるって、おかしいだろ」
「……たしかに。そう言われてみればおかしいですね……」
「だろ?」
「とはいえ、です。おかしいのはおかしいかもしれませんが、あれはわたしなりの作戦のひとつだったので」
「あー、そんなことも言ってたな……」
たしか、俺の生活の中に、蒼衣がいることが当たり前になるようにする、みたいな感じだったはずだ。その作戦は、見事に成功したといえる。
「我ながら完璧な作戦でしたね」
「気づけば週7で部屋にいたからな……」
本当にいつから蒼衣が毎日いたのか、思い出せないくらいには自然に日常へと変わっていたからな……。
「……まあ、それのおかげで今があるんだよなあ」
「そうですよ? 先輩はわたしの努力に感謝してくださいね?」
なんて、軽口を言いながら、蒼衣は笑う。俺はそんな彼女に思わず吹き出してしまう。そんなこと、思ってもいないくせに。……まあ、感謝はしているけれど。
「じゃあ、感謝の証に何か奢ってやろう」
「いいんですか? うーん、悩みますね……。りんご飴とたこ焼き、あとは、そうですね……」
「ひとつにしなさい。夕飯食えなくなるぞ」
「ま、まさか先輩にそんなことを言われるなんて……!」
じとり、と視線を向けて言った俺に、蒼衣はくすくすと笑いながら、そう言って。
「じゃあ、りんご飴にしておきます」
「ん、了解」
そもそもそんなに買うつもりもなかったのだろう。悩むことなくすんなりとそう言った蒼衣は、俺から財布を受け取り、ててて、と小走りで目の前のりんご飴の屋台へと向かう。
はらり、はらりと揺れる茶色がかった髪を眺めながら、俺は。
「俺も、1番変わったのは、お前を好きになって、ずっと一緒にいたいと思うようになったことだな」
そう、呟いた。
振り返った蒼衣の照れたような、嬉しそうな笑顔は、いつも通りに、そしていつも以上に。とびっきりに、可愛い。
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