第6話 これに勝るもの、なし
「それで、どうだったんです?」
普段より控えめに首を傾げる蒼衣に、俺は普段通りの声で返す。
「そこそこ良かったと思う」
「……うん? あれ? 良かったんですか?」
肉を箸で掴んだまま、きょとん、とする蒼衣を見ながら、俺は2本目の缶を煽る。
「会話も途切れなかったし、多分大丈夫だと思う」
「……だったら、なんで帰って来たときにあんな顔してたんですか?」
「めちゃくちゃ疲れたからだが」
「……むぅ」
ぷっくー、と不満全開の表情で頬を膨らませる蒼衣。その頭に手を乗せて、くしゃくしゃと撫でる。
「心配かけたみたいで悪かったな」
「帰って来たときはともかく、さっきは確信犯じゃないですか……」
「いや、勘違いしてるみたいだったから、そのままにしてみようかと思って」
むくれる蒼衣を撫でながら、酒を煽る。……これ、いいな。
不機嫌そうな蒼衣は、足りないとばかりに俺の手に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
さらりとした髪の感触は心地よく、撫でるたびに香る甘い匂いはアルコールと相まって、頭が溶かされていく感覚がする。
なんとなく、手元の缶を煽り、冷たさで意識をはっきりさせようとするが、そう上手くもいかない。グレープフルーツの香りとアルコールが嗅覚と味覚を支配して、結局頭が溶かされていくようだ。……それにしても、酒の定番って、どうして柑橘系が多いのだろうか。
そんな疑問も、浮かんだ側からどうでもよくなって、蒼衣の頭を撫で続ける。
最後、なぜか1枚だけ余っていたカルビをプレートに載せ、焼き終えると、それを箸で掴んで蒼衣の前に差し出す。
「ほれ、お詫びに最後のカルビをやろう」
「お腹いっぱいなのでいらないです。先輩が食べてください」
「え、そうか? なら食うけど」
最後の1枚を口に放り込み、肉の脂を堪能しつつ、終わりがけに酒を飲む。
「……はぁ。美味かったな……」
「……それはそうですね。美味しかったです」
まだ機嫌を直してくれない蒼衣は、ずっと俺の手に頭を押し付けている。それどころか、なんだかちょっとずつ近寄って来ている気がする。さっきまでは俺の足に手なんて載せてなかったと思うんだが。
……まあいいか。
くぁ、とあくびを漏らしつつ、俺は蒼衣の頭を撫で回す。相変わらず、飽きない感触だ。
……眠いな。
今日は早起きで、慣れないプレッシャーで、そして満腹で酒も入っている。
まあ、眠くもなるだろう。というか、眠くならないほうがおかしい。
それを自覚すると、またあくびが出る。
「……蒼衣」
「……なんですか?」
わたし、まだ機嫌直ってないですよー、とばかりにわざとらしい声を出す蒼衣に、思わず吹き出しそうになりながら俺は続ける。
「ちょっとだけ強引なことしてもいいか?」
「……? 別に、いいですけど」
「じゃあ、お言葉に甘えて……っと」
「ひゃ……!?」
俺は、ぐい、と蒼衣の手を引いて立ち上がる。
そして、そのままベッドへと飛び込んだ。
「ちょ、先輩!?」
慌てる蒼衣に両手を回し、腕の中にしっかりとホールド。ふわりとした甘い香りを肺に吸い込む。
「……眠いから寝る」
「ええっ!? わ、わたしもですか!? さすがに今は、片付けないと!」
「片付けはあとで出来るけど、寝るのは今しか出来ないからな」
「何言ってるんですか!? めちゃくちゃ酔ってます!?」
そんな慌てる蒼衣の声を聞きながら、俺は眠りに落ちていく。
肉、酒、睡眠、蒼衣。
これに勝るもの、なし。
「せ、せめてプレートだけでも洗わせてくださいー!」
腕の中でじたばたする蒼衣も可愛いなあ。
「強引でもいいって言いましたけど、というかむしろドキドキしますけど! でも、せめてプレートだけは洗わせてくださいお願いしますー!」
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