第3話 焼肉とスーツ
「話が読めないんですけど……。何がどうなって焼肉になったんですか?」
困惑する蒼衣に、俺は当然のような顔とテンションで答える。
「面接で疲れた。何も考えたくないし美味いものが食いたい。そうだ、焼肉をしよう。こういう流れだな」
「……微妙に理解出来る気もしますね……」
「だろ? そんなわけで焼肉だ。肉は買ってきた」
そう言いながら、差し出した袋を蒼衣が受け取り、中を覗く。
「……本当にお肉しかないじゃないですか。サンチュとかそういうのはないんですか?」
「ないな。今俺に必要なのは野菜じゃなくて肉の幸せだ」
「まあいいですけど……。焼肉のタレってまだありました?」
「多分」
「えぇ……なかったらどうするんですか」
呆れたようにそう言いながら、蒼衣は冷蔵庫へと向かう。
その間に、俺はいつかに使ってから片付けられていた、焼肉用プレートを引きずり出した。使うの、1年ぶりくらいな気がするな。
テーブルの上にプレートを置いて、部屋にかかっている服やら何やらを退避させる。
窓は元々開いていたし……うむ、完璧。
そう思っていると、キッチンから蒼衣が顔を出す。
「タレ、まだありましたー……って、先輩、いつまでその格好してるんですか?」
その言葉に、俺は視線を下にずらす。
中高生の頃以来のワイシャツに、黒のズボン。もう見慣れない格好ではある。
「え? あー……まあ面倒だしこのままでいいかと思って」
「ダメですよ! スーツに臭いついたらどうするんですか! 先輩は面接に焼肉臭を漂わせて行くんですか!? ほら、脱いでください!」
「クリーニングに出すしいいだろ」
「そういう問題じゃないですよ! 脱いでハンガーにかけておいてください」
「お、おう……」
別にいいと思うんだが……。俺はぐい、と襟元のネクタイを引っ張る。首の圧迫感が無くなり、随分と快適になった気がした。ネクタイ、つけるのもつけている間もストレスを与えてくるなんて最悪だな……。
そんなネクタイへの憎悪を燃やしている間に、蒼衣が固まっているのに気づく。
「……どうした?」
「……せ、先輩、今の、もう1回お願いします……」
「今の……?」
なぜか目をきらめかせている蒼衣だが、今の、とはなんだろう。何か特別なことってしたか……?
疑問で固まっているうちに、とてて、と駆け寄って来た蒼衣が俺の首元に手を伸ばし、緩んでいたネクタイをもう一度締め直す。
「ん? え?」
「もう一度、どうぞ」
きらきらと輝く瞳が、早くと急かしているように見える。
……いや、よくわからないが。
首を傾げながら、ネクタイを緩める。多分、この動作のことだと思うのだが。
その予想は合っていたらしく、蒼衣はなぜか「おー……」と声を漏らしている。
「なんでしょう、この年上彼氏感。その仕草、なんだかドキドキします」
「いや、俺一応年上なんだが」
「そうですけど、なんといいますか。社会人彼氏感、みたいな感じですかね?」
まあ、言いたいことはわからなくもない。スーツを着ている人は社会人、というイメージは俺にもあるし。
「2年後にはそうなるけどな」
自分で言ってて軽く憂鬱になるが、気にしてはいけない。
「そのときには、先輩は大学生彼女持ちですね」
「たしかに……。なんというか、アレだな。悪いことしている感じがする……」
学年が違うくらいはいいのだが、所属するもの自体が変わってくると、急に犯罪臭がしてくる気がするのはなんなのだろうか。……いや、世の中にはそういうカップルもある程度は存在しているだろうから、まったくそんなことはないんだが。
「それでいうと、先輩は今、未成年彼女持ちですからね?」
にやり、と笑う蒼衣に、俺はなぜか冷や汗をかきながら。
「蒼衣さん、その言い方やめてくれる?」
とてつもない犯罪者感だからな?
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