第2話 雨空蒼衣の労働イメージ

時計の針が2時を回った頃。


午前中に家事をこなし、大学の講義は何もない、やることのないわたしは、暇を持て余していた。


先輩の面接は、10時30分からと聞いているので、もう終わってこちらへ帰って来ている途中だと思う。


うーん……本当に暇。


毎週月曜日、講義のない日は本当に暇だ。別に、講義があって欲しいわけではない。ただ、先輩がいない休日は、暇で暇で仕方がない。


先輩のベッドに寝転がり、ぺしぺしとスマホの画面を叩く。……もう7月も末だから、気温が高くて暑い。さすがにベッドからは降りよう。


服の胸元をぱたぱたとし、風を送りながら考える。


就活。就活かぁ……。


先輩曰く、インターンも就職活動のうちのひとつらしい。


来年は、4回生になる先輩は本格的に、3回生になるわたしも一応の就職活動のスタートだ。


……まったく、イメージが湧かない。


そもそも、わたしはバイトもしていないし、働くということ自体にイメージがあまりない。


元々、何かしらバイトはするつもりだったのだけれど、現状では先輩と食費が共有状態──先輩の方が多く出してくれている。お料理代らしい。そんなの別にいいのに──になっているので、当初の予想以上にお安くついている。


おかげで、実はあんまり生活費に困っていなかったり。


そうなってしまうと、入学当初から先輩へのアピールに時間を使っていたので、バイトをする時間は無くて。今も、先輩との時間をなるべく減らしたくなくて、バイトはしたくなかったり。


……わたしの行動基準、ほとんど先輩だなぁ。


思わず苦笑を漏らしながら、ぼすり、と目の前の枕に顔を埋める。


……就職、かぁ……。


就職活動が近づいているということは、就職が近づいているということで、そして卒業が近づいている、ということでもある。


つまり、先輩とのこの生活も、あと2年とない、ということだ。


……先輩、せめてこの近くで就職してくれないかな。


そうすれば、今と変わらない生活が出来ると思うんだけれど、どうだろう。


幾度のなく考えた、まったくイメージの湧かない未来に想いを馳せながら、はぁ、とひとつため息を吐く。


まさか、本当にこんなことを思う日が来るなんて思わなかったけれど、今がずっと続けばいいのに、と思う。


……なんだかなあ……。


増えるため息に、またため息を重ねてしまう。


先輩、早く帰って来ないかな。


そんなわたしの思いが通じたのか、外からカンカンカン、と階段を上がる音が聞こえる。このリズム、そして足音、きっと先輩だろう。


疲れて帰って来ているだろう先輩を労うために、ベッドから降り、髪をなおしながら玄関へと向かう。朝は跳ねていた髪も、今はバッチリなおしてある。


さっきまでの沈んだ気持ちをベッドに置き去りにして、無意識に足取りが軽くなっているのに気づきながら、玄関へとたどり着くと、ガチャリ、と音がして鍵が開いた。


「ただいま」


「おかえりなさ……い?」


わたしは、思わず首を傾げる。


立っている先輩の格好に、おかしいところはない。スーツは珍しいけれど、似合っているしかっこいい。


問題は、そこじゃなくて。


わたしの目の前に差し出されたビニール袋。それと、目の据わった先輩。


先輩とビニール袋を交互に見ながら、さらに首を傾げると、先輩が口を開いた。


「焼肉をします」


「へ……?」


「焼肉を、します」


……なんで焼肉?

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