第3話 せめて、寝るまでは一緒に
「何か食うか?」
「今は大丈夫です。……というか先輩、3限間に合わなくなりますよ?」
もそ、と首を傾げようとするが、枕に阻まれた蒼衣が顔をしかめる。
「さすがに病人置いて講義には行けねえよ。1日くらい休んでも問題はないしな」
「わたし、そんなに重症じゃないんですけど……」
「お前の大丈夫は信頼ならないとさっきわかったから、その訴えは聞けません」
「むぅ……」
頬を膨らませる蒼衣。そんな可愛い顔しても、ダメなものはダメだからな。
「そもそも、だ。俺、無理するなって言ったよな?」
じとり、と視線を向けると、蒼衣が目を逸らす。
「いえ、無理してたわけじゃ……」
「お前がそう思ってても、今熱が出てるわけだ。なら、無理してたんだろ。それとも、他に心当たりでもあるのか?」
「……ないです」
「うむ。なら今日は俺の言うことを聞いて、大人しく寝ること。いいな?」
「……はい」
ぷく、と頬を膨らませ、納得いってなさそうな蒼衣だが、とりあえずは納得してくれたらしい。
……なんだか、いつもと逆みたいだな。
そう思っていると、抗議を諦めた蒼衣が、小さく口を開く。
「……先輩が怒ってるの、はじめて見ました」
「怒ってる? ……あー、まあ、怒ってる、になるのか」
当の俺としては、そんなに怒っているつもりはなかったのだが、蒼衣としては、俺に怒られている気分だったらしい。
「……もしかして、怖かったりしたか?」
「いえ、そんなことはなかったですよ。ただ、先輩はいつも優しくて、わたしのわがままも聞いてくれますから、はじめて怒られたな、と思っただけです」
なぜか嬉しそうな蒼衣は、照れ臭そうに視線を逸らして。
「……あと、なんだかいつもと逆で不思議な気分でした」
「それは俺も思う」
……この間から何回かそんなことがあったけど、毎回変な感じになるんだよなあ。早く蒼衣に呆れられる生活に戻りたいものだ。……誤解を生みそうな言葉になってるな。
「先輩、変なこと考えました?」
「頭が悪そうなことを思っただけだ」
「なんですかそれ」
くすくす、と笑う蒼衣に、俺も思わず苦笑を漏らす。
……このままだと雑談が続きそうだ。それは、病人的にはあまり良くないだろう。
そう思い、俺はひとまず立ち上がる。
風邪のときは、何かといるものが多い。主に食べやすいものが。そんなものが常備されているわけもないので、まずは買い出しだ。
「とりあえず、俺は買い物に行ってくるから、大人しく寝てろよ?」
「えぇー」
口を尖らせてそう言った蒼衣に、俺はじとり、と視線を向ける。
「たまには彼氏の言うことを素直に聞きなさい」
「はーい。……と、言いたいところなんですけど。先輩、大人しく寝るかわりに、可愛い彼女のお願いをひとつ聞いて欲しいんですけど」
ぴん、と立てた人差し指を左右に振りながらそう言った蒼衣に、嫌な予感を覚える。このパターンは、いつものやつだ。
かと言って、聞かないわけにもいかず。俺はいつも通りの返事をする。
「……なんだ?」
「せめて、寝るまでは一緒にいて欲しい、です」
えへー、と笑いながらそう言う蒼衣。……まったく、仕方ない。
「わかったわかった。寝るまでな。買い物はお前が寝てからにする」
「ありがとうございます」
予想よりも軽いお願いでよかったな、と思いながら、俺はベッドの側へと座り込むのだった。
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