第7話 エビの尻尾は食べますか?
ガチャリ、と音を立てて、内側から扉の鍵を閉める。左手には、今しがた受け取ったビニール袋があり、中から空腹を刺激する香りが漂ってきている。
それを持ってリビングへと入ると、蒼衣がテーブルの上を片付け終えている。準備万端だ。
「わお、いい匂いしますね」
「だな。早く食いたい」
そう言いながら、俺は袋から割り箸と天丼を取り出す。
「おお!? エビの尻尾が飛び出してるぞ!」
「大きいですね! こんなに大きいエビ天、あんまりないですよ!」
巨大なエビに否応なくテンションが上がりながら、蓋を開く。
一気に食欲を刺激する香りが立ち込め、次いで、先ほどからはみ出ていた巨大なエビ天が3本、他にも、いくつかの天ぷらが所狭しと並んでいるのが見える。
ごくり、と思わず唾を飲み込んだ。
「……よし」
「じゃあ……」
「「いただきます」」
声を揃えてそう言って、俺と蒼衣はまずはじめに圧倒的な存在感を放つエビ天を口に運ぶ。
あつあつで、サクッとしている衣。そして、絡んだタレと、まさにプリプリなエビ。
これは──!
「美味いな……!」
正面の蒼衣が、目を輝かせ、頬をいっぱいに膨らませながら、ふんふんと頷く。溢れ出る小動物感に、思わず撫でたくなるが、それは自制しておく。……あとで撫で回してやろう。
さて、次は……これにするか。
俺は、細長く、色のついていなさそうな天ぷらを選ぶ。多分、イカ天だ。
「柔らかいし美味いな」
タレの染み込んだ米をかき込む。これは、止まらない。
俺は、かぼちゃ天やら何やらと、とにかく天ぷらと米をかき込み続ける。さすが2500円。とてつもなく美味い。
「そういえば先輩。先輩って、これどうしてます?」
運動部の高校生のような食べ方をしている俺に、小動物的食べ方をしている蒼衣が問いかける。
見ると、蒼衣が箸につまんで見せているのは、エビの尻尾だ。
「どうって……どういうことだ?」
「食べてます?」
「ああ、そういうことか。一応食べてるな。あんまり好きじゃないけど」
むしろ尻尾が美味い、なんて言う人もいるが、俺はあまり好きではない。硬いし、何より口が痛い。
「子どもの頃、親が食え食えってうるさくてな。なんかカルシウムがどうとか言って」
それで嫌々食べていたので、今でも食べる習慣が残ってしまっている、というだけだ。なんとなく、捨てるのをもったいなく感じているのもある。
「蒼衣は尻尾、食うのか?」
「わたしは食べないですね。……というか、ちょっとしたトラウマでして」
そう言って、あはは……と苦笑い。
「トラウマ?」
「はい。先輩と同じで、親に食べろって言われて食べたら口の中に殻が刺さったんですよ。それから怖くて食べられなくなりました」
「うわあ、痛そう」
たしかに、あれ刺さりそうだもんな……。誰もが一度は考えたことがあるであろう、その事態が起こったわけだ。たしかにもう食いたくなくなるだろう。
「と、いうわけでわたしは尻尾は食べません」
そう言って、蒼衣は話題のエビの尻尾を箸でつまみ、なぜか俺へと差し出した。
「なので先輩、あーん」
「……そうはならないだろ」
「食べれる人がいるなら、残すのももったいないかなあ、と思いまして」
「蒼衣さん、話聞いてた? 俺も食いたくはないからな?」
「聞いた上で、はいどうぞ。あーん」
「強引すぎる……」
……まあ、別に食えないわけでもないし、いいけどな。
ぱくり、と差し出された尻尾を咥え、バリバリと噛み潰す。……うーん、痛い。
「どうですか?」
「痛い」
「でしょうねぇ……」
「よし、今度蒼衣には、俺の苦手でお前も好きじゃないものを無理やり食べてもらうことにしよう」
「そんなものありましたっけ?」
「……なくはないと思う」
言われてみれば、俺と蒼衣の好みはそこそこ似通っているので、お互い苦手でも片方はなんとかいける、というのは記憶にない。今後、見つけ次第食べさせることにしよう。
「せっかくなので先輩、もう1個どうぞ! あーん!」
「もう1個!? 彼女のあーん、が拷問になっている気がする……」
「ご褒美と拷問がセットでプラマイ0ですね」
などと言われながら、また俺は口の中でエビの尻尾を噛み潰す。……痛い。やっぱり食い物ではないと思うんだが……。
「あ、そういえば、エビの尻尾って成分はあの黒いヤツと同じらしいですよ」
「今絶対言わなくてよかった雑学だよな!?」
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