第6話 特上は高い

俺は、スマホの画面を表示させ、蒼衣へと差し出す。


「実はここ、ギリギリ天丼屋の宅配範囲に入っててな。前から食ってみたいと思ってたんだが、機会がなくて」


「へぇ、宅配範囲って結構広いんですねぇ。……って、高くないですか!?」


蒼衣が、バッ、と画面から顔を上げる。


「そうなんだよなあ。そのせいで、いつか食べたいと思って食えてなかったんだよ」


天丼は、安いものでも1000円を少し上回るものばかりだ。1000円以内なら気にせず出せるのだが、以上となってくると躊躇ってしまうもので。4桁の壁は存外に高いのだ。


「こ、このエビ天が3本載っているやつなんて、2500円もしますよ……!」


そう言って、蒼衣が指差すのは、この店で1番高い、特上の天丼だ。


戦慄、という言葉がピッタリな表情の蒼衣に、俺は頷く。


「……でもそれ、1回食べてみたくないか?」


「いや、食べてみたいとは思いますけど……。……先輩? まさか、とは思いますけど……」


口角を引きつらせる蒼衣に、俺も引きつり気味に口角を上げる。


「そのまさか、だ。……食ってみないか?」


「ほ、本気ですか!? わたしと先輩合わせて、5000円ですよ!?」


「たまの贅沢くらい、いいかなー、と思って」


「……そう言われるといい気がしてくるのでやめてください」


微妙な表情でそう言った蒼衣に、俺は頷いて。


「よし、今日はこれを頼むぞ。気分が落ち込んだ日は美味いものを食べるといいって聞いたことあるしな」


「別にわたしたち、何か悪いことがあったわけではないですけどね。雨が降っているだけですし。……わたしに至っては、いいこともありましたし」


そう言って、口元をもにょもにょさせている蒼衣。相合傘、そんなに嬉しかったのか。


「……それとこれとは別だ。やる気のないときは美味いものを食って寝るに限る」


どうせ起きていても無駄なのなら、美味いもので腹を満たし、眠ってしまうのが1番なのだ。すべては起きたときの俺が解決するはずだ。


「その理論だと先輩は毎日やる気がないことになりますけど」


呆れたような、じとり、とした視線を受けて、考えてみる。


たしかに、毎日長時間寝て、蒼衣の作った美味い食事を食べて、と生活しているので、納得出来てしまう。本来は、否定すべきポイントなのだろうが……。


「……実際ないからなあ」


「せめて少しくらいは出してほしいところです……」


そうは言われても、やる気というのは出そうとして出るものでもない。勝手に出ているものなのだ。本当に、人間とは面倒くさいものである。


「それはともかく、だ。今日は特上天丼にします。注文するぞー」


「え? 本当に注文するんですか!?」


「もちろん」


慌てる蒼衣にそう言いながら、俺は注文手続きを進める。


「い、いや先輩! ちょっと待ってください!」


止めようとする蒼衣に、俺はにやり、と笑う。


「残念ながらちょっと遅かったな。もう注文した」


「えぇー……」


なぜか、不満げ、というより、やってしまった、みたいな顔の蒼衣。まあ、高いしその気持ちはわかるのだが。


「……先輩」


「ん? 金なら俺が出すぞ?」


多少強引に注文したから当然だろう。


そう思っていたのだが、蒼衣の懸念はそこではなかったらしく。


「わたし、特上の量、食べ切れる気がしませんけど……」


「あー……」


そういう懸念かぁ……。

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