第10話 変わらぬ言葉と変わった意味と

「なるほど……お姫様抱っこ、こういう感じなんですね」


「……満足そうで何よりだ……」


ベッドに腰掛ける蒼衣に、俺はその隣で突っ伏したままそう言う。


「に、二度とやらねえからな……」


「うーん……。わたしも、またお願いするかは微妙ですね。怖かったですし」


「怖かった?」


顔だけ蒼衣の方へと向けると、こくり、と彼女がうなずく。


「何と言いますか、こう、ぷるぷる震えて落とされそうな感じが怖かったです」


「……悪かったな。貧弱な大学生で」


そう言って、俺は、ベッドへと顔を埋める。


言い訳にはなるが、人をひとり抱えるというのはどうやら相当に力のいることらしい。……いや、わかっていたことなのだが。


「まあでも、満足してるのは本当ですよ。無事に先輩とくっつけましたし」


「……え?」


思わず、隣へと顔を向けると、蒼衣は首を傾げたのち、ぼん、と顔を赤くする。


「あ、ええと、ちが、違うんですよ!」


「……なるほど、そういうことか」


慌てる蒼衣だが、俺はようやく納得がいった。


あのとき──俺が最初にお願いを口にしたとき、蒼衣が不満そうだったのは、何かふたりで触れ合うような、そういうことがしたかったのだろう。


それならそうと言えばいいものを。……いや、言われたところで素直に聞くかはわからないが。


「……むぅ」


思わず、ぴくぴくとまだ痙攣している腕を上げて、蒼衣の頭を撫でる。


「……そうですよ。なんだか今日は課題をしているだけで、先輩とあんまりくっついていない気がしたので、くっつきたいなー、と思ってお姫様抱っこって言い出したんですよ。……気になっていたのも、本音ですけど」


なんだかんだでされるがままに撫でられる蒼衣を見て、そういえば、今日はいつもの日課になりつつあるアレをやっていないことを思い出す。……正直、今足の上に乗られるのは厳しいので、今日は勘弁して欲しい。


「……このまま撫でられていたい気分ですけど、わたし、そろそろ帰りますね。明日も課題のために、朝から起きないといけませんし」


先輩も早く寝ておいてくださいね、と言って立ち上がった蒼衣の服の裾を掴む。


「先輩?」


「待て、蒼衣」


俺は、ぐり、と頭を動かして、蒼衣を見上げる。必然的に、スカートの中を覗く形になるが、それに関しては許して欲しい。仕方ない、仕方ないのだ。角度が悪い。


「立つのしんどいから、帰るのもうちょっと待ってくれ」


「先輩、思ったよりダメージ受けてますね……。わかりました。今日は泊まります」


「いや、それはやめてくれ。今日はゆっくり寝たい……」


「彼女が隣で寝ていたらゆっくり眠れないと!?」


「……それは、まあ。まだ緊張というか、その、なんだ……」


いわゆる、ドキドキする、というやつなのだろう。さすがに言うのがはばかられるので、続きは明言しないが。


「……まあ、ドキドキするのはわかりますけど。わかりました、じゃあ今日は帰ります。……今から」


すん、と真顔に戻り、蒼衣はそう言う。さらりと俺の思考を読んでおきながら、こいつ、話聞いてないな?


「いや、それは送れないから待てって」


「すぐそこですよ? そんなにひとりにしたくないなら、今日泊めてください」


「それが目的か……。わかったわかった、泊まっていいぞ」


ひとつため息を吐いてそう言うと、きらり、と蒼衣の目が輝く。


「本当ですか!?」


「どうせお前、ダメって言ったら今から帰ろうとするだろ……」


「それはまあ、はい。……もう、先輩は心配性ですね」


機嫌良さそうにそう言う蒼衣に、俺はため息を吐く。


「お前は危機感が足りなさすぎる」


「わお、久しぶりに聞いた気がしますねそのフレーズ」


「俺も久しぶりに言った気がする」


以前は、俺の部屋に泊まろうとしていた蒼衣に言っていたのに、今では帰ろうとする蒼衣に言うことになるとは。昔の俺が聞いたら驚くどころの話ではないだろう。


「ちなみにですけど、先輩が本当に泊まるのはダメって言ってたら、先輩が復活するまでいてから帰ろうと思ってましたからね。危機感はしっかりありますよ」


「昔はなかったくせに……」


というか、さっきも下からスカートの中を覗ける位置にいたのに、気付いていなかった気がするが。


「ずっと言ってますけど、先輩の前だから、ですよ」


くすり、と笑う蒼衣から目を逸らす。まったく、こいつは。


「……とりあえず、風呂入ってこい」


「はい」


大人しく、部屋の隅に置いたお泊りセットから着替えを持って、浴室へと向かう蒼衣を見届けていると、廊下へと向かう途中、蒼衣はこちらを振り返った。


「あ、先輩。ちなみに、ですけど。見てるのバレバレでしたからね」


そう言って、スカートの端をつまみ上げながら、にやり、と、笑い、また浴室へと向かって行った。


……バレているものなんだなあ。

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