第6話 社会に出すのは恐ろしい

ほどなくして、スーパーへと到着した俺たちは、自動ドアを潜り入店。


俺がカートを取り、押しはじめると蒼衣がカゴを上に乗せる。


「ええと、まずは……」


そう呟きながら、蒼衣は目の前の野菜コーナーへ。それに、カートを押しながらついて行くと、蒼衣がジャガイモを真剣な顔で見つめる。そして、一瞬の判断で選び、カゴへと放り込んでいく様子は熟練の主婦と言っても過言ではない。


すでに、ジャガイモの隣に置いてある人参の吟味をはじめている蒼衣に、俺は声をかける。


「相変わらず手慣れてるな」


「それはまあそうですね。普段から買い物しているとこんな感じにはなる気がしますけど」


「発言が主婦だな……」


「わ、ついに先輩がわたしを主婦と認めましたね!」


蒼衣が人参をカゴへと入れながら、目を輝かせる。


「いや、認めてはない。あくまで発言が、だ」


「いやいや、それはもう、認めたようなものです! 発言が主婦なら実質主婦です!」


「それはおかしいと思うが……。というか、なんでお前は主婦にこだわるんだ?」


これは、前から疑問だったことでもある。蒼衣は、なぜか嫁とか妻とかそういう言葉より、主婦という言葉を使いたがるのだ。


「うーん……。別に、特別こだわっているつもりはないんですけど……。イメージの問題かもしれませんね。母親が専業主婦だったので」


「あー……それはあるかもな」


家事をこなす人イコール主婦や主夫、というイメージがあるのだろう。実際、俺の家も似たような感じだ。まあ、田舎だったので働き口が少なく、専業主婦や専業主夫が多かった、というのもあるのかもしれないけれど。


「ちなみに、先輩は夫婦での働くバランス? みたいなものってどういうのが理想ですか?」


おそらく、蒼衣の言いたいことは、共働きとか、片方だけ働くにしても、どちらが働くか、みたいな話だろう。


「そうだな……。俺が働くから、家にいてほしい」


「その理由はなんです?」


首を傾げつつ、玉ねぎをカゴに入れる蒼衣に、俺は即答する。


「俺が家事出来ないから、それを頼みたい」


「なるほど、たしかにその方が良さそうですね」


俺が家事を出来ないことを、最も身をもって理解している蒼衣が、苦笑しながらそう言った。


「蒼衣は?」


次は肉のコーナーに向かうのだろう、歩きはじめた蒼衣の後ろにカートを走らせる。……なんだろう、この、母親の買い物に付いて来た子ども感……。少なくとも彼氏感はない気がする……。


そんな、毎回感じる俺の微妙な気持ちはいざ知らず、蒼衣があごに手を当てて、少し考えるそぶりを見せる。


「わたしはどっちでもいいんですけど……。先輩の言ってた通り、家事をした方が良さそうですね。先輩に任せると家が大変なことになってそうです」


「間違いなくヤバいぞ」


「自信満々に言わないでくださいよ……」


「自分でもさすがにどうかとは思う」


顔をどやどやさせていた俺に、目を細くしてそう言ったあと、蒼衣はでも、と続ける。


「先輩に働いてもらうのも怖いんですよね」


「え? 俺そんなに出来なさそうか?」


蒼衣からの予想外の評価に、軽く落ち込む。


教授の手伝いとかも、そこそこ出来ていると思っていたんだが……。


だが、そういうことではなかったらしく、蒼衣は少し慌て気味にこう言った。


「いえ、そんなことないですよ。先輩、家ではダメなタイプですけど、仕事は出来るタイプだと思います」


「前半を否定したいが何も言えないな……」


事実、蒼衣がいないと家は結構まずい状況にすぐになる。夏の帰省ですらあの有様だ。


「仕事が出来るタイプの先輩が、会社でモテないか心配です」


「……それはないと思うけどな」


確信を持って思う。俺がモテることはない。万が一にも、俺がモテたとして、蒼衣以外を選ぶなんてことはあり得ないのだが。


「というか、それを言うとお前を社会に出す方が恐ろしい」


「? なんでですか?」


蒼衣が、手元の牛肉から目線をこちらに向ける。どうやら、今日はビーフカレーらしい。


「お前、可愛いし優秀だからな……」


「そ、そうですかね?」


そう呟いて、ちらり、と蒼衣はこちらを見る。


「でも、大丈夫ですよ。あり得ませんし」


キッパリと、言い切る蒼衣に、俺は疑問を覚えた。


「そこまで言い切れる理由は?」


「簡単ですよ」


そう言って、牛肉のパックをカゴに入れたあと、俺の隣に並び立つ。


「わたし、先輩を離すつもりも、離されるつもりもありませんし。わたしは先輩だけのものなので。もちろん、先輩もわたしだけのものですからね?」


そう言って、笑う蒼衣に、俺は呟く。


「それだけ聞くと重いな……」


けれどまあ、悪くない。俺も離すつもりはないわけだからな。


「先輩、そんなこと言いながらニヤけてません?」


「そんなことねえよ。ほら、残りは何買うんだ?」


「あ、誤魔化しましたよね!? もーっ、そんなことしなくていいんですよ?」


そんなことを言いながら、気分が良さそうにしている蒼衣の方こそニヤけている気がするが、まあ黙っておいてやろう。


そう思って、俺はカートを転がした。

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