第5話 きっとこれも放課後デート

無事、午後の講義を終えた俺は、中庭で蒼衣を待っている。


春らしい暖かい風と、講義でぼんやりとしていた頭のせいか、思わずあくびが漏れた。


両腕を空へと伸ばし、伸びをする。パキパキと、あちこちから音が鳴った。久しぶりに長時間座っていたからか、体が凝り固まっている感覚がある。腰とかめちゃくちゃ痛いな……。


そう思いながら、体を横に倒そうとすると──


「わっ!」


後ろから、肩を叩かれた。


「うお!?」


「お待たせしました。えへへ、びっくりしました?」


「そりゃびっくりするだろ……」


楽しそうな蒼衣に、俺はため息を吐きながら、カバンを持って立ち上がる。


「よし、買い物行って帰るか」


そう言って歩きはじめる俺の隣で、蒼衣がそういえば、と呟く。


「こうして先輩と大学帰りにスーパーに行くのも久しぶりですね」


「だな」


大学が休みだったのだから、当然なのだが随分と久しぶりな感じがする。あくまで、大学帰りのスーパーが、ではあるが。


しばらく歩くと、キャンパスの出口へと辿り着いた。いつも通り赤信号に引っかかり、立ち止まる。


「……先輩」


「ん?」


「その、お願いがありまして」


「なんだ?」


珍しく改まってそう言う蒼衣は、逸らした目線をこちらへ向ける。その頬は、ほんの少しだけ赤みを帯びている。


「手を繋ぎたいなー……と」


そう言って、照れ笑いを浮かべる蒼衣。


「……」


俺は、なにかを言うのも恥ずかしい気がして、ただ蒼衣の手を優しく握る。


きゅ、と握り返してくる手は、小さくて、柔らかくて、体温の差か、少し冷たい。


……なんだろうか。この、ちょっと恥ずかしい感は。


以前には、腕に抱きつかれたまま通学したこともあったのに、今はあのときよりもなんだか照れ臭い感じがする。……あの日はまあ、誕生日だ、という免罪符でちょっとテンションがおかしかったせいもあると思うが。


ふと、あのとき押しつけられた感触が脳裏を過ぎり、軽く頭を振って思考から追い出す。


不思議そうにこちらを見上げる蒼衣は、信号が青になったことに気づき、くい、と俺の手を引く。それにつられて、俺も歩きはじめた。


「先輩先輩」


「ん?」


「こういうのって、いわゆる放課後デートってことでいいんですかね?」


軽く首を傾げながら、こちらを見上げる蒼衣。


「俺とお前だと家に帰ってるだけだと思うけどな……」


「た、たしかに……。で、でも放課後デートって、中高生が家に帰るまでにふたりで寄り道したりすることだと思うんですけど……」


「それはそうなんだが……。俺と蒼衣の場合、家が近すぎるんだよな」


「うーん……。でも、家が近所の中高生カップルって、わたしたちと同じようなことになりません? それでも放課後デートって言う気がします」


「それもそうか……」


たしかに、中学生なんて家が近く同士になるのは必然的なのだから、放課後デート、ということであっているのだろう。……人生で1回たりとも経験しなかったな、と思っていた放課後デートを、大学生になって経験するとはな……。


「というわけで先輩」


そのひとことで、俺は、すでにスーパーの近くまで来ていたことに気がつく。蒼衣は一歩前に出て、繋いだ手はそのままに、こちらを振り返り、こう言った。


「放課後寄り道デートといきましょう!」


俺は、それに仕方なさそうな表情をしながら、ひとつ息を吐いて。


「ただの夕飯の買い出しだけどな」


「それは言わないお約束ですよ! もう!」

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