第26章 4月7日

第1話 二度寝には囁きを

「……んぱい、先輩、起きてください。せんぱーい、朝ですよー」


ゆさゆさ、と体を揺すられながら聞こえる声に意識が浮上してくる。ゆっくりとはっきりしていく思考が、最近はなかったはずの単語に違和感を覚える。


「……朝……朝……? まだ朝じゃねえか……」


「感覚が麻痺してますね……。普通は起きるのはお昼じゃなくて、朝ですよ。それに──」


まだ開き切らない目蓋の隙間から、うっすら見える蒼衣は、ぴん、と人差し指を立てて。


「今日から大学もはじまるんですから、起きてください」


「……あと1時間……」


「それは1限遅刻確定ですよ!? というか、どうせ起きないだろうなー、と思って結構ギリギリまで起こさないであげたんですから、本当にそろそろ起きてください。冗談抜きで遅刻しちゃいますよ?」


「……おう……」


なんて、脅し文句を聞いたところで、眠いものは眠いわけで。頬をぷつぷつと指で刺されながら、俺は短く返事だけをする。


ほとんど開いていなかった目蓋は完璧に閉じ切って、再び、俺の意識は眠りへと誘われて──


「起きてください、先輩」


耳元で囁かれた言葉に、落ちかけていた意識が戻される。そして、さらに追い討ちをかけるように。


「ふー……っ」


「うおぉ!?」


息を吹きかけられた耳から、得体の知れない快感がゾクゾクッ、と体を駆け巡る。


思わず跳ね起きると、その前に顔を逸らして避けていた蒼衣が、してやったり顔で笑っていた。こ、こいつ……!


「おはようございます、先輩」


「……おはよう」


「前に先輩が耳元で囁きながら起こすの、やけに嫌がっていたので何かあるだろうなー、とは思ってましたけど、ここまで効果的面とは……!」


明日からもやりましょうか、なんて呟く蒼衣に、俺は大きくため息を吐いた。


「俺、やめろって言ったよな……」


「二度寝しようとした先輩が悪いです」


「それは、まあ……そうだが……」


起こしてもらっているだけに、文句が言えない……。


「またされたくないなら、明日からはしっかり起きてくださいね。じゃないと……」


「じゃないと……?」


「次は耳とか咥えちゃいますよ?」


にやり、と口角を上げ、唇に手を当てる蒼衣を見て、俺は二度寝の封印を決意した。


……そんなこと、朝からされたら1日悶々と過ごさなければならなくなってしまう。


「……とりあえず、着替える」


「はい、ささっと準備してください」


そう言って、キッチンへと移動した蒼衣を見ながら、俺はすでに疲れた体を動かして、着替えはじめる。


……朝からこれは、本当に良くないな。


耳に残る痺れるような感覚に、頭の中を支配されながら、俺の1日ははじまった。

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