第2話 蒼と黄色の大学生活
簡単に身支度を整えた俺は、蒼衣と共に部屋を出て、鍵を閉める。ぎしぎしと音を鳴らす階段を降り、大学の方向へと歩きはじめた。
「この道通って大学に行くのも久しぶりだな」
「ですね。2ヶ月ぶりくらいですか」
そんな会話をしながら、俺たちは見慣れた道を歩いていく。
道端に植えられた桜の木は、すでに青々とした葉に覆われはじめていた。春の風は、花見のときより暖かくなっていて、隣の蒼衣の茶色がかった髪と、長めのスカートを揺らしている。
「花見したのもついこの間だと思っていたけど、1週間くらい前なんだよな」
「そうですね。……時間の流れがすごく早い気がします。怖いですね……」
「だな……」
微妙な笑みを浮かべる蒼衣に、俺も笑う。きっと、似たような表情だろう。
貴重な大学生の時間は、恐ろしい速度で過ぎ去っていく。気づけば俺も、あと2年、残り半分へと到達していた。
「大学生活があと2年しかないと思うと憂鬱だな……」
はあ、とひとつため息を吐くと、隣の蒼衣がちらり、とこちらへ視線を向ける。
「新学年スタートの朝からそんな沈んだ顔しないでくださいよ。もっとテンション上げていきましょう!」
ぐっ、と胸の前で手を握る蒼衣に、俺は思わず苦笑する。朝から元気だな、こいつ。
「学年が上がったくらいで、そんなにテンション上がるか?」
「……別に、上がりはしないですけど」
「上がらねえんじゃねえか……」
「でも、ちょっとこう、新鮮だなーって感じがするじゃないですか。何か面白いようになるかな、とも思いません?」
「まあ、それは……」
少し目を輝かせ、話す蒼衣にそう呟きながら、新学年に想いを馳せる。……馳せる、なんて言いながら、もうはじまっているのだけれど。
色々考えたものの、俺が出た結論は蒼衣とは違った。
「あんまり思わねえな……。どうせやること変わらないだろうし」
「わお、冷めてますね……」
「まあ、2回生になる頃はワクワクしてたかもなあ。けど、もう何があるかもわかってるし、面白みがない」
「むぅ……。仕方ないですね。じゃあ、わたしが楽しくしてあげましょう!」
びしり、と人差し指を立てながら宣言する蒼衣。
「ほう」
「先輩の冷めた灰色大学生活3年目を、彩り加えてあげましょう!」
「灰色は言い過ぎだ。そこまで悲しくはねえよ」
それは人生が楽しくないと思ったときにする表現だと思う。生憎、俺は今、誰かさんのおかげで人生を楽しんでいる。灰色ではない。……多分。
「じゃあ先輩の大学生活は何色だと思います?」
「そうだな……」
色、色か……。
難しいな……。
ちょうど、大学前の信号は、赤く光っている。立ち止まり、考えてみるも……赤、ではない気がするな。
あとは……青、緑、黄色、紫、オレンジ、茶色、黒、白……。
頭の中には、沢山の色が浮かんではいる。
ああ、でもこの色だろうか。
「蒼」
「青ですか? 理由はなんです?」
恐らく、俺の思っている漢字とは異なるものを思い浮かべているのだろう。首を傾げる蒼衣に、半ばそう確信しながら、俺は続けた。
「理由も何も、これしかないと思っただけだ」
「直感、みたいなものですか」
そう納得する蒼衣。だが、決して直感ではない。
俺の大学生活は雨空蒼衣によって構成されている、と言っても過言ではないほどに、彩られている。だから、俺の思う色は、蒼なのだ。
「それで、蒼衣の大学生活は何色だと思うんだ?」
「わたしですか? そうですね……」
うーん、と頬に指を当て、考えたあと、蒼衣はこう言った。
「黄色、ですかね?」
「黄色?」
「はい。わたしも直感みたいなもの、と言っておきます」
金色とかじゃなくて、あえて黄色なのか。
そう思いながら、青に変わった信号を渡る。
渡り切り、キャンパス内に入ったところで、蒼衣は1歩前に出て、くるり、と俺の方向へと振り返る。
「さて、では先輩。わたしは2回生、先輩は3回生初日、頑張っていきましょう!」
「おう」
なぜかハイタッチを求める蒼衣に、ぺち、と手を合わせておく。
「では先輩、また後で、です!」
「おう、また後でな」
そう言って、ひらひらと手を振りながら近くの建物へと入っていくのを見届けて、俺も講義室を目指して歩きはじめる。
……ま、初日くらいは頑張ってみるか。
そう思いながら、俺は、少しだけ新しくなった蒼色の大学生活へと歩を進めた。
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