第16話 相思相愛至福のひととき

「……怒ったので疲れました」


不満そうに頬を膨らませ、そう言うのは、俺の腿に頭を載せる蒼衣だ。


「なら、別に怒らなければいいだろ」


「しっかり言っておかないと、先輩死にそうなんですよ。生活力皆無ですし」


「……それに関しては否定出来ないな」


必要に駆られればやるが、物事をギリギリまでやらないタイプなので、部屋は荒れるし洗濯物も適当、そして知っての通り、食事は二の次だ。


ばつの悪さを感じて、蒼衣から目を逸らすと、右手を俺より小さな両手に掴まれる。そのまま、俺の手はさらり、とした感触の上に置かれた。


ちらり、と蒼衣に目線を戻すと、大きな瞳で、じ、とこちらを見ている。


「ん」


短くそう言って、蒼衣は、じと、とさらにこちらを見続ける。視線の圧が強い。


……これはあれか。いつも通りに撫でろ、と。


俺が手を動かしはじめると、蒼衣は満足したのか、こちらを見つめ続けるのをやめる。


俺は手の動きを止めずに、口を動かす。


「……にしても、変な習慣だよな」


「なにがです?」


俺の手の動きからは外れないように、器用に首をかしげる蒼衣。手を動かすのではなく、頭を動かされるのも感触が違って結構いいな……。


なんて、頭の中では考えながら、俺は会話を続ける。


「こうやって膝枕で頭を撫でる習慣が」


「たしかにそうかもしれませんね。わたしは気に入ってますけど。先輩は嫌ですか?」


「全然」


「なら、この習慣は続けていきましょう。というか、続けてほしいです」


そう言って、蒼衣は目を閉じる。それから、蒼衣は呟いた。


「ちなみにこれ、わたしは膝枕と撫でてもらえるっていう2つも良いところがあるんですけど、先輩に何かメリットってあるんですか?」


「メリットって言われるとビジネス感あるな……」


「たしかにその感じはしますけど、わたしたちは相思相愛なのでそこは置いておいてください」


「自分で言うか……」


「え、違うんですか?」


「……違わないとは思うけど」


「なら、問題ないですね! それで、です。先輩側のメリットはあるんですか?」


「あるにはあるな」


「例えば、なんです?」


うーん、と考えるそぶりを見せながら、元から持っていた回答を口にする。


「髪が触れる」


そう、これだ。


髪に触れる機会、というのは存外ないもので、その触り心地に魅せられた俺としては、この時間は至福のひとときでもある。


「……なるほどなるほど。先輩は髪が好き、と」


にやり、と笑いながらこちらを見つつ、片手で自分の髪をひと房摘み上げる蒼衣に、一応弁解をしておく。決して、俺の性癖とかそういうのではない。……触るのは好きだが、その髪は誰でもいいわけではないのだ。


「別に俺の好みの問題じゃないと思うけどな。触りたいと思うのお前だけだし。……あ」


言ってから、俺はうっかり本心を漏らしたことに気づく。付き合う前はあれだけ言葉にするのを躊躇っていたようなことも、しれっと言ってしまうようになっているらしい。……さすがに気をつけないといけないな……。


「な、なるほどなるほど。先輩はわたしが好き、と。……えへへ」


顔を赤らめながら、先ほどと同じような言葉でそう呟く蒼衣の表情は、少しとろけている、という表現が1番正しい気がする。


俺は、熱くなった顔を冷ますように、その顔から目を逸らした。……撫でる手は、止めなかったけれど。

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