第15話 トースターは無くても熱く出来る
シチューにパンを浸し、口へと運ぶ。クリーミーな香りはそのままに、食べ応えが増していることに満足感を覚えながら、それでも少し物足りなさを感じる。
なんだろう、この、少しだけ違う感じは。
「……あ、そうか」
「? どうしました?」
正面で、蒼衣がスプーンを口に入れる直前で固まる。食べるつもりだったからだろう。口が小さく開いたままだ。可愛いなこいつ。
……それはともかく、俺は先ほど気づいた違和感、と呼ぶには小さ過ぎる感覚を思い出す。
「蒼衣はこういうときのパン、焼かないんだなと思って」
俺はパンを食べるとき、基本的には焼くタイプだ。特に、何かに浸して食べるときは焼いていないと今みたいな感覚に陥る。
「焼くときもありますよ。今日焼いてないのはトースターがないからです」
「あー……そういえばそうか」
てっきり、蒼衣のことだからトースターくらいは買い足しているのかと思っていたが、そんなことはなかったらしい。……まあ、あれ調理器具にしては安いけど微妙に値段するしな……。大学生にとって、数千円は安いけれど高いという微妙な額なのだ。
近いうちにトースターを買っておこう、と思いながら、柔らかいままのパンを食べる。……やっぱり、カリッとさせたいところだ。
「蒼衣の家にはトースター、あったよな?」
「はい、ありますよ。わたしは朝ごはんにトースト食べるときもありますからね。必須です」
「俺は朝飯食わないからなあ」
トーストは朝、というイメージのせいか、ほとんど食パンを食べることはない。そのせいもあって、トースターがないことで困ることがなかったのだ。
「朝ごはん、食べた方がいいですよ」
「それはそうなのかもしれねえけど、俺はギリギリまで寝ていたいんだよな……」
「その気持ちもよくわかりますけど」
そう言って、蒼衣は小さくひとつため息を吐いて。
「……まあ、どれだけ言ったところで先輩は食べないでしょうけどね」
「……そんなことはない、かもしれない」
「ひとりだとすぐに1日1食以外になる人がよく言いますよ、まったく。先輩はもっと食に興味を持ってください」
……事実だから言い返せねえ。
呆れたように言う蒼衣から、俺は思わず目を逸らす。
「別に、食に興味がないわけではない。……多分」
実際のところ、蒼衣に出会うまでの期間もラーメンをはじめとして外食はよくしていたのだ。美味しいものに興味はある。ただ、その興味よりも面倒さが勝るだけだ。
「多分が付いてきた時点でもうダメですよそれ……。まったく、まだまだわたしがしっかり管理しないとダメそうですね」
「管理ってお前……」
俺は、チョイスされた言葉に思わず苦笑いをする。
「だって管理じゃないですか。……いや、もしかして介護?」
「さすがにその言い方はやめろ!?」
蒼衣は、神妙な表情から、俺の悲鳴交じりの抗議に笑う。
「ともかく、先輩も自立してくださいね」
「母親かよ……」
「いつになったら自立してくれるのかしら……」
「深刻そうな顔すんな」
頬に手を当てながら眉を下げ、そう言った蒼衣に、思わずツッコミを入れる。
「冗談はともかく、本当に自立というか、せめてご飯は自分で食べるようになってくださいね。もしまた帰省のタイミングがズレたときとか、わたしが一緒にいれないときが不安です」
先ほどとは変わって、真面目な顔でそう言う蒼衣に、俺はからかい返してやろうと思い、こう言った。
「なら、自立の必要はなさそうだな」
「え?」
「俺、お前と離れるつもりないし」
なるべく普通の顔を心がけてそう言うと、蒼衣の顔がボッ、と朱に染まる。
「──ッ! そ、それはわたしもですけど、そういうことじゃなくて! うぅぅぅ! もう!」
顔を赤くして唸る蒼衣が可愛かったのと、俺も蒼衣も同じことを思っていることが嬉しくて、思わず笑みが溢れた。
ちなみに、その後むくれた蒼衣に1日3食しっかり飯を食え、とめちゃくちゃ怒られたことも記しておく。……その怒り顔も、可愛かったけれど。
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