第7話 おでんと合わせて飲むものは

「そういえば、なんだが」


ごぼう巻きを食べながら、俺は蒼衣にそう切り出した。


「なんですか?」


対面で蒼衣は、大根を小さく箸で割って食べている。……美味そうだな、俺も後で食べよう。


「おでんといえば、何を思い浮かべる?」


「おでんといえば、ですか? ……そうですね。やっぱり大根です」


「わかる。……が、俺の聞きたかったのはそうじゃなくて」


「そうじゃなくて?」


首をかしげる蒼衣。たしかに、これは俺の聞き方が悪かったのだろう。


……ええと、そうだな。


「おでんに組み合わせるというか、ペアにするなら何を思い浮かべる?」


「組み合わせる、ですか……? からし、ですかね。わたしはつけないですけど」


「あー、うん、そうじゃなくて……」


上手く伝わらない……。


もう、直球で聞くほうが早そうだ。


「おでんと合わせて飲むものって、なんだと思う?」


そう聞くと、蒼衣は、ぽん、と手を打って、


「ああ、そういう意味ですか。ええと、そうですね……。……お茶?」


と、顎に人差し指を当てながら言った。


「いや、まあ、基本はお茶だが。やっぱりおでんに合わせるのって、アレだと思うんだ」


「アレ、ですか?」


「そう。アレ」


頭に疑問符を浮かべる蒼衣に答えを言うべく、俺は一度、冷蔵庫へと向かう。


そして、その中から1本、缶を手に取った。


「やっぱりわからないんですけど……」


と、当てた人差し指はそのままに、首をかしげる蒼衣の前に、カン、と音を立ててそれを置く。


「これだ」


それは、銀色に黒字で文字の書かれた、1本の缶だ。


それを見た蒼衣は、納得がいったらしく、手を打つ。


「ああ! なるほど、ビールですか!」


そう、ビールだ。


「昔から気にはなってたんだ。おでんといえばビール、みたいなの、聞いたことないか?」


「ありますあります。……けど、どっちかというと、おでんといえば日本酒のイメージが強いです」


「意外と渋いところいったな……」


「そうですか?」


日本酒を飲む大学生、というと、なんとなく渋めのイメージがある。……というか、大学生はサワーを飲んでいるイメージが強い、という方が正しいかもしれない。実際俺もサワーばかりだ。


そんなことを思っていると、そういえば、と蒼衣が俺を見る。


「先輩、日本酒持ってませんでした?」


「……いや、持ってないと思うが……?」


思い返してみても、やっぱり記憶にはない。しかし、台所の主である蒼衣が言っているということは、持っているのか……?


うーん、と唸っていると、蒼衣がぱん、と手を叩いた。


「アレですアレ! 先輩がお正月に買った福袋です!」


「……あー! アレか!」


正月──それも元旦に、蒼衣に振り回されてショッピングモールで福袋を買って回ったときに、俺が唯一買った福袋。それが、酒の福袋だった。


完全に忘れていたが、そういえばそんなものもあったな……。たしか、中身は日本酒だけでなく、焼酎やリキュールも入っている、とかなんとか、そんな感じだったはずだ。


「せっかくですし、飲み比べてみたらどうですか? おでんにビールか日本酒、どっちが合うのか!」


なんて言いながら、目を輝かせる蒼衣に、俺はひとこと。


「……お前は飲めないからな」


「……むぅ」


「むくれてもダメだっての」


「わかってますよ。ちょっと拗ねてみただけです」


なんて言いながら、不満そうな蒼衣に思わず苦笑が漏れる。なんだかんだ言いながら、本気で俺が勧めたら、「20歳になってからです」なんて言って断るくせに。


「まあ、今日はビールだけだな。日本酒はまたの機会に、だ」


「え? 別にわたしのこと気にせず飲んでもらっていいですよ?」


なんて言う蒼衣だが、俺が日本酒を飲まないのはそういうことではなくて。


「あの酒は、お前の20歳の誕生日に一緒に飲むつもりだったから、今日は開けない」


「……そ、そうですか」


俺の言葉に、蒼衣は少し頬を染めて。


「……また、ひとつ20歳が楽しみになっちゃいました。……えへへ」


なんて言って、照れながら笑った。


「……それはよかった」


……ああ、本当に、可愛いやつだと思う。


そんな風に思い、思わず俺は手元の缶のプルタブを引っ張り、ぐい、と缶を煽る。


「にっが……」


これまでに味わったことのないタイプの苦味が口に広がる。……そういえば、初ビールだったか。


そんなことを思いながら。なんとなく、甘い感覚が中和された気がした。

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