エピローグ 必要なものは、ふたつ

「では先輩、おやすみなさい」


「おう、おやすみ」


気まずさはもうなく、いつも通りに解散、帰宅する雨空の姿を見ながら、俺は考える。


きっと、雨空はもう限界なのだ。


『先輩が、耐えられないくらい、そんなことを考えられないくらい、わたしを好きにさせてあげます』


あの台風の日、裏切られるのが怖いと言った俺に、雨空はそう言った。


それから今日まで、いや、その前から、きっと雨空は俺のことを見ていてくれたのだろう。


だったら、俺が耐えられなくなる前に、雨空が耐えられなくなるくらいに、俺を想ってくれることだって、あるかもしれない。


そのくらいには、長い時間が経っている。同じ時間を過ごしている。


あんなにも、関係性が変わることを恐れていた俺が、ついぞ言葉に出来ることがなかったとはいえ、行動を変化させることが出来るくらいには、だ。


結局のところ、俺は雨空を待たせすぎたのだろう。


もうこれ以上、待たせるわけにはいかない。


──それに。


俺だってもう、雨空蒼衣を信じている。信じることが出来ている。


だったら、あとやるべきことなんて決まっている。


俺に必要なことは、もうとっくの昔にわかっている。


手が届かないなんて、遠い場所にあるなんて、そう思っていた。……いや、言い訳していたのかもしれない。


今の関係が心地良かったのは、本当だから。このままの関係でいたいと、そう思う気持ちもたしかに残っている。けれど。


それでも、そろそろ限界だ。


きっと、進まなければならない。


……まあ、俺たちのことだからどうせ、この関係に貼られるラベルが変わるだけで、本質的には変わらないのだろうけれど。


それでも、そのラベルこそが大切なこともあるのだ。


……さて。


これだけごちゃごちゃと考えているが、この思考だって無駄だ。余計なものだ。これだって、俺が逃げている証拠だ。


必要なものは、ふたつ。


そのうちひとつは、もうすでに、ずっと前から持っている。


もう片方は、今からするのだ。


まだ寒い夜には、白い月が浮かんでいる。まだ満月に足りない形は、まるで今の俺のようだ。


その足りない部分を、今埋めよう。目を閉じて、深く息を吐いて、目を開いて、もう一度月を見て。


「俺は、雨空が好きだ。だから──」


──だから、告白をしよう。今度は、俺から。


必要なものは、ふたつ。


この想いと、それを伝える覚悟だ。

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