第4話 ちょっとひと休み

あれから、さらに1時間、しかも別の店舗でもあれこれ着せられた俺は疲労のあまり死にかけていた。


げっそりしている俺と、妙にツヤツヤしている雨空。


「……2度と服は買わない……」


「スーツの先輩……えへへへ……」


この差である。


ちなみに、無事スーツは一式買えている。裾直しに出しているので、スーツ本体はないが、シャツやネクタイは右手に持つ紙袋の中に入っている。計4万円もした。2度と買うか。


「……ちょっと休憩していいか?」


「いいですよ。どこか入ります?」


あまりの疲労感に、なにか甘いものでも欲しいな、と思う。


なにかなかったか、と周りに視線を投げると、ちょうどいいものが見えた。


「フードコートでドーナツでも食うか」


「いいですね。ドーナツ、久しぶりです」


雨空の同意が得られたので、フードコートへ。


お昼時と微妙に時間がズレているおかげで、あまり混んでいない。


手近な席に、今しがた買った紙袋を置いてから、ドーナツ屋へと向かう。


「あれ? 期間限定のドーナツ、ないんですね」


「珍しいな。……まあ、時期を考えればそうか」


1月のはじめの方って、正月を越えると特に何もないもんな。


「たまには定番メニューを楽しむのもアリですね」


「だな」


トレーを台に置き、トングを持つ。さて、どれにするか……。


「先輩、わたしあのストロベリーチョコので」


「ん」


「あとは……あ、あれにします」


雨空が指差したのは、生クリームがたっぷり入った、穴の空いていないやつである。どちらかというと生クリーム揚げパン、と呼びたい。


俺は、適当に気になったものを3つほど載せてレジへ。


「飲み物どうする?」


「えっと、ミルクティーのホットにします」


「わかった」


面倒だし、俺も同じのでいいか。


会計を済ませ、先に取っておいた席に戻る。


「ドーナツ食うの、本当に久しぶりな気がするな……」


「そうなんですか? まあ、わたしもですけど」


「わざわざ自分でドーナツって食わないし買わないんだよな」


実際、1番近いドーナツ専門店がこの店舗なので、ショッピングモールに来ない限りはまず食べない。そして、フードコートに来るとハンバーガーを食べてしまうのが俺なのである。ジャンクフードは正義だからな……。


「わたしはときどき買いますよ。ここに来たときは、ですけど」


結局、ここに来ないといけない、というのがドーナツを食べる頻度を落としている理由なのだと思う。


まあ、そんなことは置いておいて。


「……うま」


「ですね」


久しぶりのドーナツは、思っていたよりも美味い。


雨空は、ストロベリーチョコがけのものと、生クリームの入ったもの。俺は、何もかかっていないものと、チョコがけのもの、そしてエビグラタンパイだ。


「パイ食べてる人はじめて見ました」


ストロベリーチョコのかかった部分とかかっていない部分の境目を食べながら、雨空が言う。


「そうか? 俺はほぼ毎回買うんだが」


「そんなに美味しいんですか?」


「これは美味い。なんならドーナツより好きかもしれない」


「そこまでですか」


「まあ、食ってみろ」


ひと口サイズにちぎり、差し出す。


雨空が口を開けた。


……食わせろ、と。


「……ほい」


口の中にパイを放り込む。……なんだろうな、この餌付け感は。


そう思っていると、こくり、と雨空が飲み込む。


「……ん、たしかに美味しいですね」


「だろ?」


パイを好む同士が増えたようでなによりだ。


雨空が、チョコのかかった方を食べながら、俺の皿を覗き込む。


「先輩、他は何買ったんです?」


「普通のとチョコがかかってるやつだ」


「わ、定番って感じですね」


「それはお前も一緒だろ」


「まあ、そうですけど」


もこもこ食べている雨空を見ながら、俺はパイの残りを放り込んで、次に食べるものを選ぶ。……うむ、普通のにしよう。


「先輩って、1番何ドーナツが好きなんですか?」


「あー……多分これだな、何もかかってないやつ」


そう言いながら、まさに今食べようとして、手に持っていたドーナツを見せる。


「へえ、たしかにそれ無性に食べたくなるときありますよね」


「そうなんだよな。なんでなのかはわからねえけど」


ほどよく、素朴かつ絶妙な甘さがこのドーナツの売りだと思う。


「雨空は?」


「わたしはこれですね」


ぴっ、と指差すのは生クリームが入ったものだ。


「あー……好きそう」


甘いものに目がない雨空らしい気がする。あと、多分ではあるが雨空は生クリームが好きなのではないだろうか。やたらケーキも好きだしな。


「え、そうですか?」


当の本人はそれに気づいていないのか、意外そうな顔をしている。


「お前、ケーキとか甘いもの全般好きだろ?」


「まあ、そうですね。大好きですけど」


「だから、生クリーム好きそうだなー、と」


「安易ですね……。嫌いじゃないですけど、というか好きか嫌いなら好きですけど、そんなにすごい好きなわけでもないですよ?」


「……本当か……?」


「嘘をつく必要あります!?」


絶対、生クリーム好きだと思うんだよなあ。


今度生クリームを売りにしている店にでも連れて行って、本性を暴いてやろうか、なんて、もそもそとドーナツを食べながら思っていると、雨空がこちらをじとり、と見ている。


「……なんだよ」


「先輩が今悪巧みをしている気がしました」


「別に悪巧みではないだろ……」


どちらかといえば、雨空にとってはいい話だと思うんだが。


そう思いながら、じとり、とした視線から目を逸らすべく、俺はミルクティーに口をつける。……甘いものに甘い飲み物、俺には合わないかもしれないな……。


次からはストレートティーにしよう。

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