第7話 1番大きな出来事は
年越し蕎麦を食べ終えてから、俺と雨空はテレビを見ながらゆっくりとした時間を過ごしている。
画面の中では、某芸人たちの笑うとおしおきされる番組が流れている。
紅白でない理由は、俺も雨空も特に興味がなかったからだ。
ちらり、とスマートフォンの画面を見ると、時刻は23時41分。年越しまで、あと20分もない。
とはいえ、何かをするわけでもない。
新年に向けてカウントダウンを叫ぶわけでもなく、年の変わり目に地球にいなかった、なんて主張するためにジャンプをするわけでもない。
ただ、なんとなく、ゆっくりと過ごすだけだ。
「……なんか飲むか?」
暖かい飲み物が欲しくなって、雨空にそう問いかける。
「あ、紅茶お願いします」
「ん」
小さく返事をして、台所へと向かう。
ケトルに水を入れてお湯を沸かす間に、一方のマグカップにティーバッグを放り込む。もう一方には、俺が飲むためのポタージュの粉末を入れる。
ほどなくして、カチリ、と音を立ててお湯が沸いた。それをマグカップに注ぎ、少し残ったお湯を流してからテーブルへと戻る。
「ほい」
「ありがとうございます」
両手で受け取った雨空は、あつ、と呟きながら息を吹きかけて冷ましている。
俺は、ティースプーンで粉が残らないようにくるくるとポタージュを混ぜる。
少し冷めるのを待ちながら、くるくると混ぜ続ける。
「……今年も、色々あったな……」
そんな呟きに、雨空が反応する。
「ですね。……わたしにとっては、激動の1年でした」
そう言って、くすり、と笑った。
「まあ、そうだろうな。大学生になったわけだからなあ」
環境が変わる、というのは、それだけでも大変なことだ。それに、これまでとは違い、親元を離れるとなればそれはさらに大きなものとなる。実際、俺もはじめは戸惑ったものだ。……主に、起きれない自分と食生活の乱れに、だが。
そんなことを考えての発言に、雨空が言葉を返す。
「それもありますけど、それだけじゃないですよ?」
「そうなのか?」
「はい。まず年始から受験です。田舎だったので試験会場がどこも遠くて大変でした。特にここはほぼ始発で来たようなものでしたね……」
そう言う雨空は、どこか遠い目をしている。
わかる、わかるぞ。
「早すぎるのがわかっていても、どこかで止まったら、と思うと始発になるんだよな……」
距離のあるところから来る受験生あるあるだろう。……いや、多分ないな。
心の中で否定をしていると、なぜか雨空は、うんうんと頷いている。
「そうなんですよね……」
マジかよ。本当だったか。
「で、受験が終わったら次は高校を卒業して、大学生です。入学式のスーツがなんだか気恥ずかしかったです」
「わかる、似合ってない感じするよな」
「こう、スーツを着ているというより、スーツに着られている、みたいな……」
「馴染まない感じがなあ」
スーツ、という単語に何かを忘れている気がしながら、そんなはずはないと思い直す。
「あとはやっぱり一人暮らしですね。門限がなくなったのはわくわくしましたけど、ぜんぶ自分でやらないといけないのが大変でした」
今ではもうなれましたけど、と言って、雨空がマグカップに口をつける。
「俺も最初は困った。今はもう慣れたけどな」
そう言うと、雨空が、じろり、とこちらを見る。
「ろくにご飯も食べてなかった人がよく言いますね」
「……」
うん、何も言い返せねえ。
それを誤魔化すべく、俺はもうひとつの方へ話を逸らす。
「つか、いくら門限がないとはいえ、あんまり遅くまで出歩くのはやめとけよ」
「大丈夫ですよ。基本的に日を越す前には帰ってますし。……心配、ですか?」
そう言って、雨空が、にやり、と笑う。
それに対し、俺は特に隠す必要もないので淡々と答える。
「当たり前だろ。何があるかわかったものじゃないからな。夜は出歩かないに限るぞ」
「そ、そう、ですか」
雨空は、耳を赤くしながら、また紅茶をひと口飲む。
少し間を開けて、落ち着いてきたのか、雨空が続ける。
「……講義も大変でした。履修登録とか、単位とか、テストにレポートに、あと教科書購入とか、もうわからないことだらけで本当に大変でした。大学は不親切です」
後半にかけて、むすっ、としていく雨空。
「まあ、それもそうだな。大学は基本的に自分が動くのが前提だからな。……とはいえ、もう少しわかりやすくしろとは思うが」
「そうなんですよ!」
それから、しばらく大学への悪態……もとい建設的な意見を交換する。……話せば話すほどろくな大学じゃない気がするな……。
ひと通り改善点を話し合って、答えの出ない議論だと気付き、答えを出すことを諦めた俺たちは、それぞれマグカップからひと口飲んで落ち着く。ポタージュはとっくに冷めていた。
「……それから、先輩に会ったんですよね」
雨空が、こちらを見て、柔らかく笑いながらそう言った。
「だな。……これが一番、今年の大きな出来事だと思う」
「わたしもです。まさかあんなことがあるなんて思ってもいなかったですし。それに、その人を好きになるとも思いもしませんでしたよ」
懐かしそうに、雨空が目を細める。
本当に、そう思う。
まさか、体調を崩した日に後輩の女の子が家に来て、それから付き合いがはじまるなんて思ってもいなかった。
「本当、色々とありがとうな。来年もよろしく頼む」
「いえ、こちらこそ。よろしくお願いしますね」
2人で小さく笑う。
同時に、どこか遠くから鐘の音が聞こえる。
ちら、とスマートフォンを見ると、0時ちょうどを示している。
「年、明けたみたいだな」
「ですね。あけましておめでとうございます」
「おう、おめでとう。今年もよろしくな」
「はい! よろしくお願いします」
ゆったりと、新しい1年がはじまる。
今年も変わらず平和であればいいな、と思いながら、視線を雨空へと向ける。
するとなぜか、うずうず、とか、わくわく、とか表現するのが正しい表情をしていた。
俺の視線に気付き、雨空がきらり、と目を輝かせる。……なんだ?
「先輩! 初詣に行きましょう!」
……ああ、なるほど。
別に、初詣に行くのはやぶさかではない。
だが、大問題がひとつ。
「この辺りに、初詣に適した神社はないぞ」
「!?」
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