第2話 頑張る前のご褒美

「なぜ俺は誕生日なのに講義に出なきゃいけないんだ……解せぬ……」


「解せます。答えは明確、大学生だからですよ」


この世の理不尽に悪態を吐く俺は、その理不尽を強制する悪魔のような天使に連行されて、大学へと引きずられていた。


目の前に見えるのは、大学のキャンパス。そしてその手前の信号で、俺は逃げられないように腕を抱きしめられ、ガッチリとホールドされている。


そうなれば必然、柔らかいものがしっかりと当たるわけで。


まったく、と呆れたように俺の腕をホールドしている悪魔もとい天使こと雨空は、気づいてないらしいので、黙っておくことにする。


……誕生日だからね。少しくらいは許されると思います。


と、普段からは考えられないと自分でも思うほどの自制心の弱さで、俺はされるがままになっていた。


腕に神経を集中させて、ぼう、っと信号を見つめていると、赤の光が消えて、下の青い光が灯る。


くい、と腕を引かれる感覚に任せて歩きはじめる。


横断歩道を渡り切り、キャンパス内へと入ると、雨空は腕を離した。


「では先輩、講義にはしっかり出てくださいね。わたしはここなので」


そう言って、ぴっ、と指差したのは正門に最も近い、縦長の建物だ。名前は一向に覚えられそうにない。早急なわかりやすい名前への改名が望まれる。


「おう。……やっぱり帰っていい?」


「だからダメですってば。いつにも増してやる気がないですね……。なんでそこまでやる気がないんですか?」


「いや、誕生日ってなんか特別な感じするからなんでも許される日って感じがして」


実際、大体のことは許されたりする。例えば、小学生の頃、誕生日だけは勉強していなくても怒られなかったり、少し夜更かししても何も言われなかったり。


……宿題をしないで学校に行こうとしたときには怒られたが。


ほんの少しだけ、いつもより周りが寛容になる。それくらいの微妙な特別感なことはわかっている。


それでもなんとなく、自分を甘やかしてしまうのだ。何をするにも「誕生日だから」と言い訳を出来てしまうからだとはわかっているのだが。


そんな誰にでもあるであろう思考をしていると、雨空が先ほど名称不明の建物に伸ばしたものと同じ指をぴっ、と俺の鼻先へと伸ばす。


「自分を甘やかすのと、怠慢を許すのは別ですよ。それに、今日頑張るご褒美は特別に前払いにしてあげたんですから、しっかり講義には出てください」


「……ご褒美?」


そんなもの貰っただろうか。


はて、と首を傾げると、雨空がとん、と俺の横へと回り込み、腕を抱く。先ほどのホールド体勢だ。


「……これですよ、これ」


「……なるほど」


どうやら、あの柔らかい感触は確信犯だったらしい。


「では先輩、そういうことなので」


腕から離れ、講義室へと向かうべく後ろを向いた雨空の耳は、ほんのり赤い。その後ろ姿を見ながら、俺はひとつ大きく息を吐いて、歩きはじめる。正門から距離のある建物に入り、講義室を目指す。


まあ、所詮は平日だ。普段はないご褒美なんてものを貰えただけでもありがたい、ということにしておこう。


……正確には押しつけられた、という方が正しい気もするが。ふたつの意味で。


下らないことを考えながら、俺は今日も代わり映えのしない、つまらない講義を受けるべく、講義室の隅の席へと陣取った。

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