第2話 灼熱が生む誘惑

「あづい……」


そう小さく呟いたのは、隣に座る雨空だ。


今日の1限目にして、後期授業の最初の講義の講義室は、サウナと化していた。


前方の教壇で、講義を続ける教授は、講義室の真ん中あたりに座っている俺から見ても暑そうにしている。はじまった頃よりも髪がぺちゃんこになっているように見えるのは、気のせいではないのだろう。


そんな教授は、どうやら窓を開けた方が涼しいことを知らないらしい。頑なに窓を開けようとせず、エアコンの操作板を数分おきに確認している。諦めて窓を開けてくれ……。


講義室には、汗の匂いが充満している。それがまた、暑く感じさせるような気がする。気持ち悪くなりそうだから窓を開けてくれ……。


手元に配られたレジュメは、手汗ですでにくしゃくしゃになっている。


「あっつ……」


思わず声を漏らすと、たらり、と額から汗が流れ落ちる。それを拭っていると、隣で雨空が机へと突っ伏した。


「無理……暑いです……」


「……諦めろ。しんどいのはわかるが、机に触れてると余計に暑いから身体起こしとけ」


「あぅ……」


俺の言葉に、素直に身体を起こした雨空を、鞄から出したクリアファイルで扇いでやる。


本来はマナー違反なのだろうが、教授も手元でうちわを使っているのでセーフだろう。


いくらか暑さが和らいだのか、雨空が気持ちよさそうに目を細める。


ぱたぱたと、そのまま扇ぎながら、雨空を見る。汗で張り付いたしっとりとした髪に、上気した頬。普段よりも少し荒い息に、汗を吸っているせいか、心なしか体のラインに沿っているように見えるシャツ。


ごくり。


なんだか妙に色っぽく見えて、思わず生唾を飲み込む。同時に、かぁっ、と体が熱くなる感覚。


ダメだ。これ以上見ていると、今以上に熱く、暑くなってしまう。


そう思い、雨空から目を逸らす。


「?」


目線を逸らしたことを不思議に思ったのか、ほんの少しだけ首を傾げる雨空を視界の端で見ながら、俺はなるべく意識しないように前へと視線と意識を集中させようとする。


が、頭の中は、ひとつのことで埋め尽くされていた。


……夏になって、薄着が増えて薄々気付いていたが、雨空はどうやら着痩せするタイプらしい……。


なんとか、目線が固定されないように、講義室の前方に設置された黒板を見る。


……まったく頭に入ってこない。


どころか、気づけば視界に映るのは、柔らかな曲線を描く双丘だ。


……おかしいな、この講義はグラフを使わない科目のはずなんだが。


結局、最後まで俺の思考が何に支配されていたのかは、言うまでもないだろう。

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