第3話 どこ見てたんです?

頭が外からも内からも沸騰しそうな講義を経て、俺は無事、灼熱サウナの講義室から脱出していた。もちろん、雨空も一緒だ。


互いに2限のない俺たちは、講義が終わると同時に、大学内にあるコンビニに来ていた。


「……奢ってやる。なんでもいいぞ」


「え、いいんですか?」


「おう」


先の講義中に、ついアレを眺めていたことに今更ながら罪悪感を感じ、俺はそう言っていた。


そんなものを感じるなら最初から見るなという話ではあるのだが、そこは生物というか、男の本能ということで……。男性諸君は理解してくれると信じている。


そんな俺の贖罪の気持ちはいざ知らず、雨空はアイスの冷凍庫を眺めている。


「うーん……やっぱり暑いしこれですかね」


そう言って、雨空が取り出したのはスイカを模した棒付きアイスだ。


「そこはこっちじゃねえのかよ」


そう言って、俺が手に取ったのはガリガリしている棒付きアイスだ。


「そっちでもいいんですけど、気分的にスイカなので」


「まあ、それ無性に食いたくなるときあるよな。わかる」


「なぜなんでしょうね? この見た目が理由なんですかね?」


「あー、なんか面白い見た目だよな、それ。そう思う理由はわからねえけど。……飲み物いるか?」


「あ、欲しいです」


言うが早いか、雨空はアイスの袋の端をつまみ、なるべく熱を与えないようにしながら飲み物用の冷蔵庫の前まで、ててて、と早足に歩いてくる。


「んー……これで」


「ん」


手渡されたのはミルクティーだ。俺が選んだのはコーラ。


そのままアイスと飲み物をレジへと持って行き、購入。


店外へと出た俺たちは、すぐ近くにある共用スペースへと移動した。


手近な席へと座り、荷物を置く。


すると、どちらからともなく、ため息が出た。


「涼しい……やっぱ冷房はこうでなくちゃなぁ……」


「ですねぇ……」


ふにゃ、と潰れている雨空が、コンビニのレジ袋から先ほど買ったアイスを出す。


「じゃあ先輩、いただきますね」


「おう」


俺の返答を聞いて、雨空がアイスの封を切る。赤のアイスに黒い粒々。下の方に少しだけ緑色のある、スイカを模したアイスだ。


はむ、と先を口にする雨空を横目に、俺も自分の分のアイスを開ける。


薄めの水色をした直方体のアイス。国民的なガリガリしたアイスだ。夏はやはりこれに限る。もう9月も半ばだが。


角を噛み崩し、口の中で転がしていると、雨空が不意にこちらへと視線を遣す。


「そういえば先輩」


「ん?」


雨空は、挑発するような珍しい表情で続けた。


「さっきの講義の間、どこ見てたんです?」


「ッ! げほッ!」


想定外の言葉に、思わず咽せる。なんとか口からアイスを飛ばすことなく耐えたものの、変なところに入ったらしく、咳込みが止まらない。


「けほっ……。な、んの話だ?」


落ち着いてからそう返す。


「……先輩。それだけ動揺しておいてとぼけるのは無理だと思うんですけど……」


呆れながらも、そう言ってくる雨空。まさか、バレていたとは。だが、素直に言うわけにはいかない。というか、言えるわけがない。


「何を言ってるのかわかんねえな。ほれ、ミルクティー飲んどけ」


ゴン、と音を立ててミルクティーのペットボトルを雨空の前へと置く。


「……先輩が急に奢ってくれたのって、そういうことですか。なるほどなるほど」


どうやら、なにかを納得されたらしい。そのまま知らなかったことにしてくれ。


そんな俺の願いも虚しく。


「で、どこ見てたんです?」


雨空はさらに追及をはじめた。


「……黒板」


「嘘つき」


「いや、講義だからな? 黒板は普通に見るからな?」


「普通じゃないところ、見てましたよね? 具体的には、この辺り」


そう言って、雨空がぱたぱた、と空気を送るようにシャツを扇いだ。


「──ッ! や、やめなさいはしたない」


そう言って、目を逸らしたものの、視界から外せない俺を見て、雨空は満足したのか胸元を扇ぐことをやめる。


そして、一言。


「見たいなら見せてあげてもいいですけど」


雨空は、しれっと、いや、耳を赤く染めながら、なんでもないことのようにそう言った。


しばらく何も言えず、固まっていると、雨空の顔が少しずつ赤く染まっていく。


「……俺が悪かったのでこの話題やめませんか……」


顔が熱いことを感じながら、どうにかそう絞り出した俺に、雨空は、


「……そう、ですね。やめましょう……」


そう、下を向いて呟いた。

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