第2話 ヘアカラー

落ち着いてからほどなくして。俺たちは昼食に、今日も今日とて無くならないそうめんを消費していた。


俺は、ぞぞぞっ、とそうめんをすする。


本日のそうめんは、冷やし中華風にアレンジされている。


見た目には違和感があったのだが、案外、麺類ならなんでもそれっぽくなるものだなあ、などと思いながら、さらに麺をすすった。


「なあ、そういえば雨空は成績、どうだったんだ?」


忘れそうになるものの、雨空はまだ一回生。つまりは初めての大学の成績が判明したわけだ。正直、ここの成績次第で、今後のやる気が変わってくるといっても過言ではない。


まあ、どうせ雨空のことだから優秀なのだろうが。


「全部取れてました。なんでしたっけ、フル単って言うんでしたっけ?」


その返答は予想を裏切らず、さも当然のようにそう言って、雨空はそうめんをすする。


「そうそう、多分フルに単位が取れてる、とかそんな感じの意味だ。……てか、やっぱり全部取れてたのか」


「まあ、1回も休んでませんし、課題も出しましたし、テスト勉強もしっかりしましたし、単位を落とす理由が見当たりません」


「恐ろしく優秀……。お前、本当に大学生? もっと遊ぶべきでは?」


それを聞いた雨空は、呆れたように俺を見る。


「先輩、大学に何しにきてるんですか……」


「え、社会に出るまでの時間稼ぎ」


「……そういう人がいるから、大学生はバカにされがちなのでは……?」


「う、うるせえ。大学なんてほとんどのやつが目的無くなんとなく来てるんだよ、そうに違いない」


「そうかもしれないですけど……。とにかく、今後も単位はしっかり取りましょうね」


「お、おう……」


俺のイメージの大学生や、周りの奴らは基本的に遊んでいるばかりなので、こんなに真面目に勉強しているタイプは珍しい。


恐らく、絶滅危惧種レベルなのではないだろうか。もはや大学生ではないかもしれない。


そんなことを思っていると、雨空が口を開く。


「……ちなみに、わたしも一応大学生してますよ」


「え、マジ? どの辺が?」


思わずそう聞き返すと、雨空が髪を指に巻きはじめる。


「これですよ、これ。髪の色です」


くりん、くりん、と巻いた髪を一房掴み、持ち上げる。


その髪の色は、暗めの茶色だ。


「あ、それ染めてたのか?」


「むぅ、気づいてなかったんですか……。結構これ、手間かかってるんですよ?」


改めて、髪を見ると、手入れが行き届いていることがよくわかる。たしかに色は茶色ではあるが、よくいる大学生の、色のまばらな汚い茶髪ではなく、丁寧に染められている。


「というか、先輩は髪染めないんですね。これに関しては、先輩の方が大学生らしくない気がしますよ?」


ここぞとばかりに打ち出される反撃。


だが、それに関してはよく聞かれる質問だ。答えはもう用意してある。


「まあな。わざわざ染める理由がわからねえ」


「え? まず大学生になって手を出すオシャレといえば髪染めじゃないですか。高校生のときと違って校則がなくなったおかげでなんでも出来るようになったわけですし」


そう首を傾げる雨空。


「いや、金はかかるし、髪質も悪くなるし、あと将来ハゲるらしいし、いいことないだろ」


「……もしかして、先輩、髪染めてるの嫌いなんですか?」


「……まあ、お前もわかると思うけど、田舎ってヤンキー髪染めるじゃん。だから不良のイメージがあってな。なんとなく苦手」


ヤンキー、なんで髪染めてしまうん? そんなに校則破りたい理由はいったい何なのだろうか。校則を破って怒られる方が時間の無駄だと思うのだが……。


怒られて興奮する人達なのか、怒られてる俺カッケーの人達なのか、永遠の疑問である。


聞けばわかるのかもしれないが、一生関わりたくない人種なので俺の中では迷宮入り確定です。


「まあ、たしかに不良は必ずといっていいほど髪染めてましたけど……」


「だろ? だからなんか苦手なんだよなあ」


「ちなみに、他に染めない理由は?」


「……なんか、大学生って茶髪ばっかりで逆に個性がないな、って。大学なら黒髪の方が貴重なんじゃないかって思うくらいには茶髪ばっかりだろ?」


「それは……たしかにそうですね。茶髪ばっかりです。……ならいっそ、違う色に染めたりとかどうです? 金とか」


「金髪はダメだ。絶対ダメ」


「え、そんなに先輩金髪にこだわりあるんですか?」


「まず、日本人に似合わない。そして、黒の上から染めるとくすんだ汚い色になる。最後に、不良の代名詞だから」


びしり、と指を突きつける。その向こうには、半眼の雨空。


「……結局不良が嫌いなだけでは?」


「……まあ、そうとも言う」


「なら、赤とか青とかに染めます?」


「いや、それはちょっとどうかと思うんだが……。大学でそういう奴らの集団見たとき、スーパーヒーローとか信号機とかにしか見えないし……」


「す、スーパーヒーロー……。信号機……。それ、絶対本人に言わない方がいいですよ」


「言わねえよ。関わりもないし。つーか、さっきから俺が髪染める前提で話してないか?」


「そんなことないです、気のせいです。先輩も染めてみればいいのにー、とか思ってないです」


「思ってるんだな。俺は絶対染めないからな」


「……頑なですね……。ちなみに、ちなみにですけど」


少しこちらを伺うように、雨空が問いかけてくる。


「?」


「わたしに似合う髪の色って、何色だと思います?」


「あ? あー……」


そう言われて、改めて雨空を見る。少し気恥ずかしそうに、髪をくるくると指先で巻いている。相変わらずの美少女っぷりだ。


似合う髪色、と言われても、そもそも俺はこの茶色がかった髪色の雨空しか見たことがない。そうなると、今の色のままでいいのではないか、とは思う。


「その色でいいんじゃないか?」


そう思ったことを素直に告げる。


しかし、雨空は不服そうにぷくっ、と頰を膨らませた。


「なんですかその投げやりな感じ。真面目に考えてくださいよ」


「えぇ……。まず議題が真面目じゃないと思うんだが……」


そう言いながら、もう一度考えてみる。あと似合いそうな色といえば、1色しか思いつかない。


「黒」


雨空の清楚なイメージからして、やはりこの色だろう。


「ふむ、まあ想像はついてましたけど、やっぱり先輩は地毛の色が好きなんですね」


「……まあな。そうじゃなかったら俺も髪染めてたかもしれないな」


「……やっぱり見てみたいんで、1回だけ染めません?」


「やだよ。だいたい、見た目なんてこだわったところで、微妙な顔の俺がどうこうなるわけでもなし」


なにより、モテたいわけでもない。


「見た目は大事だと思いますよ。人の印象は最初のイメージが大切ですし」


そう正論を言う雨空に、俺も持論を展開する。


「それでも、だよ。必要なときに必要なように見た目は調節すればいいだろ。後は別にどうでもいい。どれだけ着飾ったところでイケメンにはなれねえし」


「先輩、なんでそんなに悲観的なんですか……。そんなに言うならわたしが先輩をコーディネートして、どれだけ見た目が変えられるか、着飾ることが大切かということを見せてあげましょう」


そう言って、雨空はぐっ、と拳を握る。


「いや、いいって。俺興味ないし」


「いいえ、ダメです。さあ先輩、お買い物のお時間です!」


「いや、行きたくないんだけど」


俺、今日は早起きしたから二度寝したいんだけど。


そんな俺に──


「……では今晩から毎日なくなるまでそうめんということで。もちろん、つゆにつけるだけのシンプルな」


と、真顔の雨空が最大のカード、食事を切ってくる。


「……行こうか」


結局、俺の思いも虚しく、俺は出かけることとなった。


飯は偉大なり……。

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