第6章 夏期帰省

第1話 帰省のはじまり

期末テストを終えた大学生に与えられるのは、長く思えて実は短い束の間の安息、夏季休暇だ。


そんな大学生にとってのボーナスタイムには、下宿生に限ってイベントが発生する。


帰省だ。


必ずしなければならないものではないが、多くの下宿生は一年のうちのどこかで実家に帰省するだろう。


それは俺も例外ではないわけで。


「じゃ、しばらく帰るから。またな」


「はい、お気をつけて」


ピッ、と片手を挙げると、朝からわざわざ見送りに来てくれた雨空が、ひらひらと手を振り返す。


それを見てから反対を向き、駅へと歩き始める。


手に持つのはトートバッグだ。大学生男子なんてものは、案外持ち物少なく旅行や旅に出れる。


それが夏ともなればさらに量を減らす。服が薄くなるからだ。


……にしても。にしてもだ。……帰省というのはこんなに心踊らないものなのだろうか。


帰省の良いところは、食事の準備をはじめとする家事をしなくてもいいところだ、とは下宿生の間でよく言われている。


それ以外は人によりけり。親が小うるさいかそうでないかで変わってくるらしい。


生憎俺は、食事に困るような生活は、可愛い後輩のおかげで送っていないし、両親は小うるさいときたものだ。


「めんどくせえ……」


つい、言葉と共にため息が漏れた。


お盆より少し早いが、帰省ラッシュに巻き込まれるよりはマシだと思い、この時期に帰省をすることにしたのだが。


正直なところ、帰りたくはない。


男子大学生の一人暮らしが、どれだけ乱れたものになるかが明確なので、それを心配する両親が帰ってこい、と言うのはわかる。


それはわかっているのだが……。


めんどくさいものはめんどくさいんだよなあ……。


「昨年はここまで憂鬱じゃなかったと思うんだけどな」


恐らく、食事の有無が関係しているのだろう。あとは、話し相手がいることか。


どうやら雨空蒼衣は、俺の生活の大部分を侵略しているらしい。


恐ろしいな、と苦笑を漏らす。


いつの間にか着いていた駅の改札にICカードをかざし、ホームへと向かう。


次の電車の時刻を確認しようと、電光掲示板を探す。


見つかった電光掲示板には、行き先と電車の種類、そして時刻が書かれているのだが、その横に赤文字が踊っている。


「げ」


遅延だ。


めんどくせえ……。


幸先が悪い。どうやらこの帰省は、俺を憂鬱な気分から解放するつもりはないらしい。


俺は、これまでのものよりも大きなため息を吐いて、近くにあった柱へと寄り掛かった。

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