第2話 暇つぶしコーリング

「暇、だな……」


実家へと帰り、2日ほど経った。


驚くほどにやることがない。


端的にいうと、俺の実家は田舎だ。近くに商業施設や繁華街はない。駅から自宅までが歩いて30分くらいというところがまだ恵まれているくらいだろうか。


そんな場所にはもちろん大学なんてない。まあ、そんなわけで旧友たちも都会へと出ているのがほとんどだ。そして、そういったやつらが帰省するのはお盆。つまりは俺と帰省時期がズレている。


地元に残っているのは、地元愛が強いのか、社会に出れないのか、はたまたその両方なのか、といういわゆるヤンキーばかりだ。


となれば必然、ひとりで過ごすことになるわけで。


そして、2日もひとりで過ごしていれば、暇つぶしにも飽きてしまうわけで。


俺はただ、床に寝そべり続けていた。


なんの目的もなく、更新されないSNSのタイムラインを、ただぼうっと眺める。まさに時間の無駄だ。


こんなことなら何か持ってくるべきだったか……。


そう思って、ふと気づく。


昨年はこんなにも暇だっただろうか。


まったく同じように過ごしていた覚えがあるのだが……。


その疑問の答えは、向こうからやってきた。


ピコン、という電子音と共に、手の中のスマホが震える。


ポップアップするのは、雨空蒼衣の文字だ。


メッセージアプリを起動する。


『今、暇ですか?』


『暇だけど』


そう返信すると、先ほどよりもポップな電子音がスマホから鳴り響く。

通話ボタンを押して、スマホを耳に当てる。


「どうした?」


『いえ、暇だったもので』


「なんだ、お前もか」


通話をしながら、俺は玄関へと向かう。


なんとなく、外に散歩でもしようと思ったのだ。


決して、通話を聞かれるのが恥ずかしいなんて理由ではない。……いや、ほんとに。


『そういえば、先輩のご実家ってどんなところにあるんです?』


「そういえば言ってなかったっけ? 普通に田舎だよ。何にもねえ田舎」


適当に靴を履き、外を歩く。見渡す範囲に見えるのは、人の家と緑と土色。田畑だ。


『あー……先輩も田舎ですか』


「ってことはお前も田舎か」


『はい、まったく何もないただの田舎です』


「……だったらわかってくれると思うんだが」


『はい』


「やることがねえ」


『ですよね……』


互いにため息を吐き、一瞬の静寂が訪れる。


『あ、先輩。暇なら実況してください』


「実況?」


雨空のよくわからない提案に、思わず聞き返す。


『はい。見えるものとか、そういういろんなことをわたしに伝えてみてください』


「……それ、なんか意味あるか……?」


『特にはないですけど、どうせ暇じゃないですか。なら、時間潰しになにかしようかなと』


「うーん……まあ、いいか」


どうせ暇だしな。


そう思い、俺は雨空のよくわからない提案に乗ることにした。

『では先輩、今何が見えてますか?』


「田んぼ。畑。あと空」


『うわぁ大自然……。というか、予想通りの光景ですね……』


「いや、田舎だからな」


雨空が、うーん、と唸ったあと、次のお題がくる。


『じゃあ先輩、今の気分をどうぞ』


「あー、ええと、暑いけど風が気持ちいい」


『なるほど。普通に田舎ですね』


「さっきからそう言ってんだろ」


『……面白くないです』


「奇遇だな、俺もそう思う」


当然だろ。面白い要素がねえよ。


『うーん……。どうせなら電話越しにしか出来ないことがしたいですね』


「そんなことあるか……?」


『ありますよー。例えば……そうですね、今わたしはどんな格好をしているでしょう? みたいな』


「知らねえよ」


『雑!? 考えてくださいよーどうせ暇じゃないですか』


「まあそうなんだが……」


とはいえ、雨空の服をすべて知っているわけでもないし、そもそも俺の部屋に来るときの雨空は外出用の服だ。雨空の部屋着もそう何度も見たものではない。


『ほらほら、考えてみてください。ちなみにヒントは……』


「ヒントは?」


『う・す・ぎ、です』


「なんで溜めた!? つーかヒントになってねえ……」


『しっかりヒントです。だって厚着だったかもしれないですよ?』


「夏に厚着するやつがいてたまるか」


『それはそうですけど。ささ、先輩。何色の、どんな服か、当ててみてください。どうぞ!』


「お、おう……。そうだな……白の半袖Tシャツ、とかか?」


なんとなく、はじめに思い浮かんだものをチョイスしてみる。


『ぶぶー、ハズレです。答えはピンクの半袖でしたー』


「ほぼ合ってんじゃねえか。色は誤差みたいなもんだろ?」


そこまで当てるのは流石に無理だと思うんだが。


『いや、色も大事ですよ。ちなみに、なぜ先輩は白だと思ったんです?』


「いや、なんとなく最初に思い浮かんだやつを言った」


素直にそう答えると、しばらく考えるような間が空いた。


『……なるほど、先輩は白のTシャツが好き、と』


「……そうは言ってねえよ」


否定はしないけれども。


なぜか、白のTシャツは俺の好みだ。理由はわからないが。


『今度、着てあげますね』


「……好きにしたらいいんじゃないか」


そう言いつつ、白Tシャツの雨空を思い浮かべてしまう。


きっと、清楚な感じが強くなり、似合うことは間違いないだろう。


……絶対に本人には言わないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る