第4話 220万円

『ねこ男さんのおかげで100万円が124万円になりました!これまで何の希望も持てなかった私の人生に光が差しました!』


 有名人のTwitterにリプライすることは、見るだけ派の私にとっては心底勇気がいることだったけれど、これだけは直接伝えたかった。毎日工場で働いて、1万円弱を手にする私にとって、24万円は1か月の給料を超える大金だ。今まで銀行で眠っていて、1年に1円の利息ももたらさなかった100万円がたった4万円で24万円も生み出してくれた。ねこ男さんは神様のような存在だ。


 スマートフォンの通知が鳴る。


「ねこ男さんがあなたのリプライにいいねをしました」


 一生額縁に入れて床の間に飾りたい!


「やったあああ!!」


 それからの私ときたら、平日に仕事が休みのときは朝から晩までTwitterと株アプリを開いて、スマートフォンにかじりついていた。ねこ男さんが推奨する銘柄を持っていればお金が増える。ねこ男さんの言う通りにすればいいんだ。最初のトクマツという株は、私の資産が124万円になったときに利確した。ねこ男さんが、「トクマツはいったん休憩ね」とツイートしてくれたからだ。するとみるみるうちに株価は下がった。ノーリスク、ノーリターン。この調子でいけば、働く必要なんかなくなる。1か月に40万円利益が出れば、半分を生活費にすればいい。


「お母さん、私会社を辞めようと思う。あとしばらくしたら家も出るから」


 大好物の唐揚げを頬張りながら母に告げた。


「へえ」


 母は甲子園のニュースに目を向けたまま、缶ビールを喉を鳴らして飲み込んだ。


「いいんじゃない?」


 全く期待されていない。当然だ。私が何かをやろうとして成し遂げたことは一度もない。私への期待は20年前に消え失せたに違いない。でも母は知らない。私の証券口座の総資産が220万円になっていることを。私がネット上ではそこそこ有名になりつつあることを。このままいけば、年末には総資産は1000万円を軽く超えるトレーダーになっているはずだ。


 いま私が持っているのは、「坂元製薬」という銘柄だ。もちろんねこ男さん推奨銘柄である。


『ここはずっと赤字が続いているけど、昔からとある研究開発を続けていてそれがもう少しで実を結ぶはずだ。その薬の治験が開始されるニュースが流れた時点で株価は現時点の5倍は堅い』


 製薬会社株、特にバイオベンチャーと呼ばれる新興製薬会社は、トレーダーの中では取扱注意と言われている。なぜならば、研究開発に費用がかかるのに製品化されることはほとんどないから、らしい。詳しくは知らない。でも、「触るな危険」と言われている。


 今回のねこ男さん推奨銘柄は、そのバイオ株だ。バイオ株の怖さを知り尽くしているであろうねこ男さんが、敢えて推奨するのだから期待値が高いに違いない。バイオ銘柄のことはよくわからないから、調べていないけど、ねこ男さんが嘘をつくはずがない。常にTwitterのフォロワーのために有益な情報をツイートしてくれているんだ。その証拠に、坂元製薬の株価は、あっという間に1.5倍になった。ねこ男さん曰く、ここからまだ3倍はいく。


「お母さん、私株をやってるのよね。それですごく成功しているの。だからもう心配しないでね」


 母は、缶ビールをそっとテーブルの上において、私の顔をじっと見てから笑った。


「いいんじゃない? 藍子もたまには冒険したいよね」


 さっと立ち上がって、テーブルの上を片付けはじめる。


「藍子が自分から何かをやるなんて高校以来じゃないかな。借金さえしなければ好きにすればいいよ」


 母は、心なしか軽い足取りで寝室に向かった。一人娘の私が、結婚する気配もなく、さりとて仕事に燃えるわけでもなく、毎日淡々と暮らしているさまは、母にとっては心配の種だっただろう。私も母の気持ちに思いをはせて、日々心が痛んでいた。でももうこれで大丈夫。私にはねこ男さんがいて、簡単にお金を手に入れられるようになったんだ。老後も心配ない。

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