第34話「深夜の食堂」

 サクラたち一年一組の生徒は、深夜になって今日初めての食事にありつけた。

 味噌汁と卵焼きに柔らかめに炊いた白米と質素な献立だが、こんな時間まで調理場に残ってくれた上に、脈式仙法の修行の疲労でこってりしたモノを受け付けない体調を考慮してくれた調理場の料理人に一同は感謝していた。

 一刻も早く食欲を満たしたい欲求にかられながらもサザンカ以外の四人は、全身を小刻みに震わせて机に突っ伏している。


「か、身体が千切れそうや」

「は、箸も持てないであります。サザンカ殿食べさせてほしいで――」

「自分で食えです」

「鬼であります」

「ツバキ……だいじょぶ?」

「う、うん。平気」


 疲労感でとろけている四人をサザンカは誇らしげな表情で眺めていた。


「初日でこれぐらいなら上等です。うちはもっとひどかったですから」

「サザンカ殿はどれぐらいの期間で覚えたでありますか?」

「うちは十五歳から修業を始めて脈式仙法習得まで二年以上かかったです。才能の欠片もなかったです。蒼脈も後天的に得たです」


 ソウスケは眉間にしわを寄せた。


「十五歳から二年以上て? 計算合わんやんけ」

「ああ。実はうち二十歳です。とっくに成人してるです」


 さらりと投下された爆弾に、サクラを除く三人は爆発的な驚愕に心を撃ち抜かれていた。


「ホンマか!?」

「知らなかったであります!」

「ツバキ、私たちよりお姉さん!?」

「……あ、言ってなかったですね」

「ワシらより四つ年上なんか!? どう見ても年下やん!? サクラ知っとったんか!?」

「まぁね。あたしも最初聞いた時はびっくりしたってば」

「背が低いせいでそう見られるです。まぁ学生の立場で潜入するにはもってこいです」

「せやったら、あんたが花一華先生をユウキ君呼んどるのも……」

「幼馴染だからです。うちが二個下です」

「知らなかったであります……」

「言ってなかったですからね。それに幼馴染というのも昔の話です」


 サザンカの語気にかすかな怒りが混じっている。

 ユウキとの因縁があるのは、誰の目にも明らかだ。そしてこの話題に最も強い関心を寄せていたのはツバキであった。


「あの、サザンカ……さん」

「いつも通りサザンカでいいです。どうしたです?」

「えっと……あの……先生となにがあったのか聞いてもいい?」

「別に面白い話でもないです……ですが、そうですね。この話はサクラにもしていなかったですね。うちの左腕がこうなった理由は」

「そうだね。サザンカが話してくるならあたしは聞きたい」

「これは……うちが子供の頃に切断されたモノです。アザミの一族によって」

「サザンカ殿! ア、アザミの一族と因縁があるのでありますか!?」

「そうです。うちの両親は松山基地に配属されていた技術者でした」

「なんや松山基地って? どっかで聞いたことあるような」

「新しい蒼脈法や新兵器開発を行う部署です。そこでうちの両親は、手足を失って再起不能になった蒼脈師を復帰させるための研究をしていたです。その一つがうちの武装義手です」

「では、サザンカ殿の左腕は……」

「これは、うちの両親が残した形見の一つです」


 ツバキは恐縮していた。ここまでつらい過去があると、想像できなかった自分の思慮の浅さに辟易とさせられる。


「ごめんサザンカ。辛いこと聞いて」

「いいです。うちもツバキに隠し事をたくさんしていたですから、そのお詫びです。五年前、数人のアザミの一族が、松山基地を襲撃したです。その時うちは、たまたま両親に誘われて基地を見学していたです」

「なんで基地が狙われたんや?」

「ある特別な蒼脈法が開発されたです。戦闘能力を爆発的に増大させる技でした。連中はその蒼脈法の正体を知るために……殺戮を始めたです」


 サザンカが左拳を握りしめると、金属のきしむ音が深夜の静寂とした食堂に響いた。


「殺戮を主導していたのは糸を操るやつです」

「糸使いで……ありますか」

「糸で人間を操ったり、人を切り裂いたり、多分カラスと同等の戦闘能力を持った蒼脈師の男……そいつがうちの両親とうちの左腕を……そればかりか基地のほとんどの人を」


 サクラたちには、サザンカの白い髪が憎悪で逆立つように見えた。


「うちは、つらかったです。両親を失って……つらかったです」


 憎悪は涙となって零れ落ち、


「でもそのつらい時にユウキ君は傍に居てくれなかったです」


 はらはらと涙を流すサザンカの姿は、幼い容姿のせいか、それとも五年前を思い出しているせいか、今のサクラたちよりも年下の子供のようだった。


「彼自身、色々と抱えていたですから他人に気を使ってる余裕なんかなかったです。分かってるです。でも、うちの両親はユウキ君も誘っていたです。うちと一緒に見学に来るように……少しでも気晴らしになればって。当時のユウキ君は十七歳。ロウゼン様が狼牙隊に推薦するほどの実力を身に着けていたです……あの時一緒のユウキ君が来てくれていればあんなやつら!! あんなやつらやっつけてくれたはずです!! でもユウキ君は修行が忙しいからって来てくれなかったです……うちより修行を選んだです」


 サザンカは大人だ。ユウキの事情は理解している。けれど大人だからといって子供よりも物分かりがいいわけではない。

 花一華ユウキの強さを見せつけられるたびに思わされる。どうしてあの時と。なんであの時と。

 いくら恨んでも過去は変わらない。サクラたちにいくら恨み節をぶつけてもどうしょうもない。


「それじゃ昔話は終わりです」


 サザンカは涙をぬぐうと、いつも飄々ひょうひょうとした顔を取り戻し、空の食器が乗ったお盆を持って立ち上がった。


「早くご飯食べて明日また修行です。とにかく無茶はしてはいけないです。やり過ぎは逆効果です。今日は何の修行もしないで寝るです。ユウキの言うとおり脳が爆発するですよ。解散です」

「ブレインモンスターは誕生せぇへんやろな?」

「ソウスケもユウキ君色に染まってきたです」

「堪忍してぇな。強さ以外は反面教師にしたいんやけど」

「ほら、早く食べるです」

「そない言われても腕が上がらへんのや……」


 珍しく弱音を吐くソウスケの背後から涼やかな声がした。


「みんな、お疲れのようね」


 ソウスケの背後に姫川キキョウと木之百合イスケの二人が立っていた。気配を悟らせずに接近する辺り流石の手練れだ。


「みんな気合と根性出してるみたいだね! あははははは! 素晴らしいことだ!!」

「ソウスケ君、大丈夫かしら? いつものような食欲がないみたいだけれど」

「そ、そないなことあらしませんで!」


 全身に染み渡った疲労を押し殺して、ソウスケはお盆の上の白米と卵焼きを素早く口に収め、みそ汁で強引に流し込んだ。


「こ、こないな修行! たいしたころあらへんで。楽勝や!!」

「そう。ならよかったわ。花一華先生、ずいぶん張り切っていらっしゃるようね。いきなり脈式仙法を教えるなんて」

「花一華先生にも気合と根性が備わってみたいですな!! あはははは!! 君たちの才能はすごいからこれからとんでもない勢いで成長していくはずだ!! 俺なんかすぐに追い抜かれるかもしれないな! じゃあ頑張りたまえ!!」


 サザンカと木之百合が姿を消すと、ソウスケは露骨な舌打ちをした。


「キキョウ先生だけでええっちゅーんじゃ。ほんに胡散臭いやっちゃで」

「あんたね。二人ともあたしらこと心配してくれてんじゃん」

「キキョウ先生はええけど。木之百合は好かん。ワシはもう寝る」


 ソウスケは、お盆を持って立ち上がり、


「ごちそうさん。うまかったで」


 料理人にそう伝えてから、おぼつかない足取りで去っていった。

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