第25話『夢』

 ダイゴとヒナゲシ。兄弟子と姉弟子から蒼脈を託されたユウキの修行は尋常を外れた過酷なものだった。

 あれから一年、ロウゼンの道場に通い、毎日欠かさず木刀を振るった。

 手の皮が破れ、まめが潰れ、包帯から血がしたたり、地面に血溜まりを作るまで木刀を振り続ける。

 食事の時間と眠る時以外、常に体を鍛え続けた。


 痛みなど無視しろ。

 自分をいじめろ。

 甘えを許すな。

 いかなる誘惑にも耳を傾けず、ひたすらに自分を鍛えろ。

 一振りの刀として。一つの道具として。二つの夢を叶えるためだけのにえとなれ。


「ユウキ!! それ以上はいかん!!」


 道場に飛び込んできたロウゼンはユウキの木刀を取り上げた。乾いた血が接着剤の役割を果たして、引きはがす時に、べりべりと音が鳴る。


「師匠! まだ足りません!!」

「何を言う!? 肉どころか骨が見えているぞ!!」

「構いません!」


 ユウキはロウゼンの手から木刀を奪い返すと、再び振るい続けた。

 木刀を振るたび、床にある乾きかけた血だまりに、新鮮な血が一滴また一滴と注がれていく。


「ユウキ! いい加減にせんか!! さもないと破門するぞ!!」

「構いません!!」


 ユウキの放つ餓死寸前の獣のような眼光にロウゼンは気圧されていた。

 たった九歳の少年が世界最強の蒼脈師をおびえさえた。ロウゼンにとっても子供相手にひるんだのは初めての経験である。


「俺は師匠が居なくても一人でも強くなります!!」


 ユウキを支えているのは強烈な自己嫌悪と責任感だった。


「だって兄ちゃんと姉ちゃんは、俺に蒼脈を残してくれた!!」


 大切から二人から授かった力。弱い自分ではいられない。泣き虫も臆病者も卒業しなくては。


「託してくれた!!」


 二人がユウキを生かしてくれたのなら、ユウキには果たすべき義務がある。


「俺は二人の夢を受け継いだんです!!」


 ダイゴの夢は、太正国最強の戦闘部隊である狼牙隊に入り、ロウゼンと並んで戦うこと。

 ヒナゲシの夢は国立蒼脈師学院の教師になって、若い蒼脈師を教え導くこと。

 今の弱いユウキでは絶対に叶えられない夢だ。

 だったら強くなればいい。命をささげてくれた二人のために、自分の全てをささげてでも夢を叶えなくてはならない。


「だから俺は夢を叶えます!! 二人の夢を絶対に叶えるんです!! そうするのが俺の夢です!!」


 ダイゴとヒナゲシが与えてくれたのは命ばかりではない。何の夢もなかったユウキに夢を与えくれた。託してくれた。

 なんて自分は幸福なんだろう。

 なんて自分は恵まれているんだろう。

 だから幸せで恵まれている自分は、夢を叶えなくてはならない。


「俺は強くならなくちゃいけないんです!! 絶対に強くならなきゃいけないんです!!」

「二人はそんなこと望んじゃおらん!!」


 違う。

 絶対に願っている。

 だってあの時確かに聞いたのだ。薄れゆく意識の中で。

 ロウゼンのことを頼むと。生きてくれと。

 では、何のために生きるのか?


 ロウゼンが誇れる最強の弟子になるためだ。誇りに思ってもらえるように、二人の夢を叶えることだ。

 ユウキの中で、ダイゴとヒナゲシの蒼脈は生き続けている。

 二人はずっとユウキを守ってくれている。二人をがっかりさせられない。二人に恥をかかせられない。


「俺の望みなんです!! 強くならなきゃ!! 強くならなきゃ!! 二人の分まで強くなるんです!!」


 強くあらねば桃木ロウゼンの弟子である資格も、ダイゴとヒナゲシの弟弟子である資格もない。

 誰よりも強く、何よりも強く、そしてすべての夢を叶えるために。


「師匠! 手合わせをお願いします!!」

「ユウキ……」

「お願いします!!」


 ロウゼンは、木刀を持った。悟ったのだ。花一華はないちげユウキは、止まらない。強くなるためならどんな地獄すらも歩く覚悟があると。

 手元から離れると、どんな無茶をしでかすか分からなかった。

 なら自分の手元に置き続けて、見守っていくしかない。 


「分かったわい。よく分かった……望みどおりに鍛えてやるわ」


 それから九年間、ロウゼンはユウキが望むままに過酷な修行を課し続け、ユウキが十八歳の頃、狼牙隊第一分隊の隊員に抜擢された。

 当初は狼牙隊総隊長に昇進したロウゼンが愛弟子を身内びいきで引き入れたと批判を受けたが、花一華ユウキの戦場での立ち振る舞いを一目見て以降、異論をはさむ者は誰一人としていなくなっていた。

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