第24話『託された希望』
中性的な美しい顔をした長髪の男だった。
黒い半着と袴を身に着けており、腰には小ぶりな直刀を下げている。
ちらりと見る分には、絶世の色男。だが、さびついた刃のような目が尋常の者ではないと教えてくれる。
「ぼく、桃木ロウゼン様のお家を知ってるかい?」
未熟なユウキにも分かった。彼は危険だ。ロウゼンと会わせてはいけない。
「……しりません」
しらを切るユウキに、男はしっとりとした笑みを浮かべた。
「どうしても教えてほしいんだ」
やはり目だ。一見すれば優しそうに見える
「ロウゼン様が事故にあわれて、御家族やお弟子さんに事情を知らせたいんだ」
「事故!? あの人が?」
世界最強の蒼脈師が事故にあうなんてありえない。ネガティブなユウキですら、そう確信していた。
「……さすがの俺でも……それはないってわかりますよ」
「なるほどなるほど。そうか。まぁいいか。邪魔をしたね、ぼく」
男は、意外なほどあっさり引き下がり、立ち去った。
嫌悪感の残り香がユウキの背筋をなで、冷たくさせる。この場所に居たくないし、 変な人に会ったらすぐ自分のところへ来いとロウゼンには言われている。
男の姿は見えないし、気配も感じない。後を付けられる心配はないだろうと判断し、ユウキはロウゼンの道場へ向かった。ロウゼンは朝、自主鍛錬のため道場にいることが多い。
太正国らしい伝統的な木造の道場に着いたユウキは、
「師匠! 師匠!! 変な人が――」
しかしロウゼンの姿はない。道場に居ないとすれば狼牙隊の任務か、買い物だ。
「ここが道場か。なるほどなるほど。もう大丈夫だ。あとは自分で探す」
ユウキが振り返ると、あの男が居た。当時のユウキはあまりに未熟で、気配を殺した男に尾行されていることに気付けなかったのだ。
「ごくろうだった」
男が腰の直刀を振るいぬくと、刀身が紫電に包み込まれた。
圧倒的な剣速は、ユウキの知覚を許さない。
直撃の寸前、
「ダイゴ兄ちゃん!」
「何もんだ! ってそんなのはどうでもいいやい! 俺の弟弟子に刃を向けたんだ。覚悟しろ」
ダイゴは、鍔迫り合いの格好のまま、蒼脈刀を握る右腕に渾身の膂力を込めて強引に薙ぎ払うと、男はたまらず後退した。
切っ先を男に向けつつ左手でユウキを庇うように立つ。まだ十七になったばかりながらその立ち居振る舞いは、まぎれもない達人。
男の嗅覚は、ダイゴの戦闘能力を鋭敏に察知したが、余裕を崩さなかった。
「用があるのはロウゼンだけだ。他の者にはお引き取り願おう」
「そうはいくかい! 師匠は忙しいお人なんだぜ。用があるなら俺を通しな」
「ならば貴様らの首を手土産にしようか」
ユウキは、自分を責めていた。うかつな行動でダイゴを危険にさらしている。それでも兄弟子は、ユウキにいつもと変わらない笑みを送った。
「大丈夫だぜ、ユウ坊。絶対に俺が守ってやる」
「守るか。出来るかね?」
男の
「やるんだよ!! 俺の弟弟子を怖がらせた罪は許さねぇ!!」
剛腕から繰り出される打ち下ろしを男は紙一重で回避する。受け止めれば姿勢を崩されるから避ける以外の選択肢がない。二撃、三撃と放たれる斬撃を男は軽やかな足取りで捌いていく。
馬力ではダイゴの方が圧倒的に上。男には攻撃を避ける以外の選択肢はないし、紙一重で避けているのも事実だ。
しかしそれは攻撃をぎりぎりまで引き付けて最小限の動作を避けているということ。反撃の機会をうかがっているということ。
「素質は凄まじいが――」
ダイゴの横一閃をしゃがんで避け、男はがら空きになった左わき腹を狙いすまし、刺突を放った。
「まだ若い!!」
避けられない間で放たれた一撃がダイゴを貫けず、水のように流麗な軌跡を描いて蒼脈刀が直刀を受け流す。
ダイゴを仕留める寸前、駆けつけたヒナゲシによって防がれたのだ。
「遅いぜヒナゲシ」
「ごめん、寝坊したんだよ」
男は後方に飛んで間合いを開くと、直刀を逆手に持ち直した。
「なるほどなるほど。もう一人居たか」
「ダイゴ、ユウキ、大丈夫?」
「余裕だぜ。な、ユウ坊?」
全然大丈夫じゃない、と思いながらもユウキは頷いた。
「余裕は、ここから先無くなっていくぞ?」
「私とダイゴは強いよ」
「行くぞヒナゲシ!」
ダイゴの号令を合図に、二人は踏み込み、男の間合いを詰める。瞬間、直刀の刃を中心に大気が収縮した。
大気の塊をまとった直刀を一薙ぎすると、数十に及ぶ風の刃が
容易に音を置き去りにした水の連撃をダイゴとヒナゲシは苦も無く打ち落とすが、今度は氷柱が足元から突き出してくる。後方へ逃れるダイゴとヒナゲシに、爆炎の壁が押し寄せた。
「そっちに返すぜ!!」
ダイゴが蒼脈刀で炎を切り裂くと、突如炎の進行方向が逆転し、男へ迫った。
「反射魔法か。見事な」
男は、
いかに達人の蒼脈師と言えど雷速で動ける者はそう居ない。しかしヒナゲシは紫電を刀で切って落とした。雷速よりも早いのではない。攻撃を予測し、対応したのだ。
「なるほどなるほど。強いな二人とも」
男の余裕は崩れない。
一方のダイゴとヒナゲシは、対応こそ出来ているものの、ギリギリの線であった。
「あいつとんでもなく強いやい」
「あれほどの干渉制御魔法は、お師匠様でも使えないよ。一対一だと勝ち目ないよ」
ヒナゲシはユウキを
ここで負けたらユウキがどうなるかは想像に容易い。
よくて人質、悪くて見せしめ。
ロウゼンの不在時にユウキに何かあったら、弟子として師匠に合わせる顔がない。
「でもこっちは二対一。絶対負けないんだよ」
「おうさ!!」
ダイゴも思いは同じ。必ずユウキを守り通してみせる。二人の思いを男は
「そう思うのか? だとしたら楽観的思考に溺れすぎだ。この危機的状況を前に? お前たちは俺に勝てない。代わりに革命の種火として未来永劫歴史に名を遺してやろう」
「やってみる前から決めるやつが俺は嫌いだぜ」
「俺は夢想家が嫌いだ。お互い意見は合わないようだ。なら殺し合うしかあるまい」
「やってみろよ!!」
「ああ、そうしよう。だが俺から一つだけ助言だ。闘争とは、いかにして相手に隙を作るか、この一点に尽きる」
男が道場の床に板に直刀を突き刺した瞬間、ダイゴとヒナゲシの背後で肉のはじける音がした。
二人が同時に振り返ると、ユウキの小さな体が木の杭に刺し貫かれている。
「ユウ坊!!」
「ユウキ!!」
「ほら、隙が出来た」
男の繰り出す無数の風の刃がダイゴとヒナゲシを切り裂き、全身の急所から鮮血が吹き出した。
両名とも致死量の出血。確実に助からない。勝利を前に男は油断していた。
その油断を見逃すほど、ダイゴとヒナゲシは甘い蒼脈師ではない。渾身の力で男の懐に飛び込み、二振りの蒼脈刀を腹に突き立てた。
「なに!?」
ダイゴとヒナゲシは、ひねりながら蒼脈刀を男の腹から引き抜いた。傷口からおびただしい血がこぼれ出し、床板を深紅に染めていく。
男はたまらず飛び退き、腹を両手で押さえながら歯噛みした。
「今日はこれで引きあげよう……だがいずれロウゼンの首は……貰う。あ、あれの復活を邪魔されては……」
男は、ふらふらとした足取りで道場を後にした。あの出血量では戦闘継続は不可能。命が助かるかも怪しい。
ダイゴとヒナゲシは、激痛と寒気を押し殺してユウキの元へ駆けつけた。
ユウキの腹には、みかんぐらいの大きさの穴が
「しっか……りしろユウ坊……」
「ユウキ、しっかり……」
ヒナゲシの手から治癒魔法の光が放たれるも、ユウキの出血は一向に止まる気配を見せない。
「ダメ……治癒し切れない」
ユウキの未熟な蒼脈量では、治癒魔法の効果を生かしきれない。もっと大量の、十倍かそれ以上の蒼脈がなければ治癒魔法は効果を発揮しないだろう。
「ユウキ……ごめんなさい……」
「いや、ヒナゲシ……助ける手はあるぜ」
「え?」
「俺たちの蒼脈を全部ユウキに移植すれば七万を超えるはずだ……それならユウキを助けられる」
「そっか……それなら」
しかし蒼脈があるからこそ、ダイゴとヒナゲシは命をつなげられている。全ての蒼脈を失えばすぐさま命の灯火は消えてしまうだろう。
けれど、ダイゴとヒナゲシも致命傷であるのに変わりはない。二人が助かるにしても、やはり今の蒼脈量では足りない。生き残れるのはどのみち一人だけだ。
一人しか生き残れないなら誰を助けるかは決まっている。
「ユウ坊。師匠のことを頼むぜ」
ユウキの頭を一なでしたダイゴは、ヒナゲシと手をつなぎ、全ての蒼脈を託した。
「生きてユウキ」
そしてヒナゲシはユウキの傷口に両手をあてがい、極大の治癒魔法を行使しつつ、全ての蒼脈を移植する。
新緑の色をした癒しの閃光が道場を包み込んで輝いた――。
「師匠?」
目を覚ましたユウキが最初に見たのは、自分を抱きしめるロウゼンの姿だった。
「師匠……兄ちゃんと姉ちゃんは?」
ロウゼンは、何も言わずにユウキを強く抱きしめ続ける。
「師匠?」
ロウゼンの背後には、微笑みながらこと切れた二人の弟子の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます