第22話『花一華の過去』

 藍色の闇に染まった部屋で花一華ユウキは、膝を抱えて嗚咽おえつを漏らしていた。


「やっぱり教師なんか向いてないんだ……」


 鼻をすすり、ぼろぼろと涙を流す姿は、歴戦の蒼脈師のそれではない。親とはぐれた幼子のようだった。


「俺は姉ちゃんみたいにはなれない。兄ちゃんになれなかったように……」


 あふれる悔しさに耐えかねて唇を噛みしめる。


「何をやっても中途半端なんだ。俺は」


 いつもこうだ。いつもそうだ。

 中途半端で最後まで貫けない。道半ばで心が折れて諦めてしまう。


「ねぇ? なんで俺だけ生き残ったの? なんで俺なんかが生きてるの?」


 訪ねても答えてくれる人はいない。


「どうして俺なんかが生き残ったんだよ」


 いくらあがいても、希望は薄れゆくばかり。


「師匠にも申し訳なくって……こんな出来の悪い弟子で……」


 あの時に終われていたら、どんなに楽だっただろう。


「あーもう!!」


 ユウキの背後から少女の絶叫がとどろき、玄関の扉が打ち破られた。細かい木片がたたみに散らばる。

 想定外の事態に困惑していると、サクラが鼻息を荒くして土足のまま部屋にあがってきた。


「なんだよそれ。ずるいじゃん。文句いっぱい言ってやろうと思ったのに」

「サクラ? どうしたの? ていうか扉……あと土足」

「今日のこと、めっちゃ文句言おうと思ったわけ」


 サクラの抗議も仕方ない。ツバキを信じず、生徒たちをないがしろにした。教師として到底許される行いではない。キキョウの指摘は、痛いところのど真ん中を撃ちぬいていた。


「……ごめん。キキョウ先生の言う通り俺が全部悪い」

「あたしが怒ってんのはさ! ツバキを信じなかったこと! だったけど……なんか声漏れてたし」

「……声?」

「先生の! 俺だけが生き残ったとか、姉ちゃんと兄ちゃんとか……そのせいで怒ってた気持ちが少し萎えた」

「……ごめん」

「て言うかさ、あたし先生のことなんも知らないんだよね」


 サクラの言うとおり、ユウキは自分の話をしてこなかった。それはユウキが何を言ったところで参考になるわけがないと、考えたからだ。

 半端者の人生には、何の重みもない。反面教師にすらなれない情けない男の身の上が将来有望な生徒たちの何に役立つのか。


「俺の話なんか――」

「話して」

「何を?」

「今の話!! 詳しく!! 兄ちゃんとか姉ちゃんの話!」

「人に聞かせるようなもんじゃ――」

「話せって言ってんの!!」


 この世のモノとは思えない形相でサクラが詰めよってくる。今のサクラを見たら鬼だって裸足で逃げ出すだろう。


「いいから話せっての!!」

「はぁい!!」


 とは言え、どこから話せばいいのか分からない。しばし思案したのち、ユウキは語り出した。


「俺は二十二年前、医者の家に生まれて――」


 サクラは、唖然あぜんとしていた。


「二十二年語る気? ほんとに必要それ?」

「じゃあ五歳までの話は飛ばすとして」

「それでも五歳までしか飛ばないんだ」

「そのころに俺が師匠に出会ったんだよね。狼牙隊の現総隊長・桃木ロウゼンに」


 ロウゼンの名前を出すと、サクラの表情にあこがれが咲き乱れた。


「世界最強の蒼脈師……じゃあ十七年の付き合ってこと?」

「そうなるね。で、師匠の娘さんが急患として父の診療所に運び込まれたんだ。父は師匠の娘さんの命を助けた。それが縁になって家族ぐるみの付き合いをするようになったんだ」

「へぇ」

「で、色々あって師匠の弟子になった」


 サクラの視線が春の夜気のように冷たくなった。


「そこは省略すんの? いいけど」

「強い師匠にあこがれたんだよね」


 ほとばしるような強さに目がくらんだ。今でもあの頃と同じに慕っている。あの人のようになりたいと願った。どれほどおこがましい想いかも理解せずに、安易な気持ちで憧れてしまった。


「俺はご覧の通りの性格だったからさ。当時の師匠は、狼牙隊の第一分隊隊長として目覚ましい活躍をしてたし、俺を実の息子のように可愛がってくれたから。憧れはどんどん強くなった」

「それで弟子になって才能を開花させたってわけr?」


 才能。吐いて捨てるほど聞いた単語に、ユウキは自嘲した。


「俺は才能なんか欠片もなかったんだ」


 サクラは、いぶかしげに首をかしげた。


「なにそれ? 狼牙隊の第一分隊隊長が才能なしでなれるわけないじゃん」

「俺には才能なんかないよ」


 さらに念を押しても、サクラは納得しなかった。


「その溢れんばかりの蒼脈! あたしでも一目でわかるっての。ソウスケよりも蒼脈量多いでしょ」


 たしかにユウキの蒼脈量は七万五〇〇〇と狼牙隊でも最高峰。ロウゼンの蒼脈量の倍以上を誇る。それもそのはず。ユウキの蒼脈量には恥ずべきからくりがある。


「俺はもともと蒼脈を持って生まれなかったんだよ……だから修行で後天的に身に着けた」

「花一華ユウキが後天的に蒼脈を身に着けたの!? でも龍脈から蒼脈を定着させる方法でも一万程度が限界のはずじゃん!! 先生みたいに七万超えって」


 生まれつき蒼脈を持っていない人間が後天的に蒼脈を得る方法は二つ。

 一つは、龍脈から空き出す蒼脈を体内に取り込み、定着させる。

 もう一つが他者から蒼脈を譲渡される場合。


「俺の蒼脈の大部分は、人から貰ったものなんだよ。俺なんかよりも、ずっとすごい人たちから貰ったものなんだ」


 サクラは頭がいい。ここまで話せば、ユウキに蒼脈を与えたのが誰かを察しているだろう。


「それがさっき言ってた兄ちゃんとか姉ちゃんってこと?」


 ユウキが頷くと、サクラの唇が遠慮がちに開いた。


「あの……詳しい事情とかって聞いてもいい?」

「面白い話じゃないけど、それでよければ」

「うん。聞きたい」


 あの頃を思い出すのは辛いけれど、生徒たちへの贖罪しょくざいになるのならと考えて、ユウキは語り始めた。

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