第21話『親友』

 桜葉ツバキは、食堂で一人座っていた。真っ赤な夕刻の光に照らされて、机に映る自分の影を見つめている。

 役立たずのまま模擬戦が終わってしまった。

 修行の成果をまったく生かせなかった。

 挙句の果てには自ら刀を捨てて降伏。一組のみんなに迷惑をかけただけ。

 ユウキがサクラやキキョウに責められたのも、ツバキが未完成の技を強引に使ったからだ。ツバキを思って忠告してくれたのに、結果的にユウキをも傷つけてしまった。


「ツバキ」


 優しい声に名前を呼ばれる。


「サクラ……」


 サクラは、ツバキと向かい合うように椅子に座った。けれど顔を見られない。せっかく信じてくれたのに、何もしないまま負けてしまった。諦めてしまった。


「ごめんね」


 ツバキが謝罪した途端、サクラの声がこわばった。


「何が?」

「誘導魔法……当てそうになって」

「当たってないし」

「でも……」

「でもじゃないし」

「怒ってる?」

「怒ってるし」

 

 当たり前だ。役に立たない上に降伏までしたツバキを許せるはずもない。


「ツバキ、あたしを見て」


 ツバキが顔を上げると、サクラの瞳は柔らかな光をまとっていた。

 怒りの矛先が自分に向けられていないことをすぐに悟る。


「あたしが怒ってんのは、先生にね」


 ツバキにしてみればユウキの懸念はもっともだったから、サクラの感情が少し理不尽にも思えた。


「でも、先生は間違ってない――」

「間違ってるっての」


 もはや怒りの範疇を通り越している。サクラがユウキに抱いているのは赤黒く鋭利な憎悪だ。


「だってひどいじゃん。ツバキあんなにがんばって誘導魔法の練習したのにさ」

「でも、誤射しそうになったから」

「当たってないじゃん」

「あの……でも」


 ツバキは自分を許せない。サクラの気持ちが嬉しいけれど、素直に受け取れない。

 二人の間に沈黙が流れる。

 気まずかった。いつもならとっくに逃げている。

 だけど今日だけは逃げちゃいけない。ここで逃げたらまたサクラとの距離が出来てしまう。

 何より、あっさりと降伏を認めた自分の弱さを叩き直したい。友達と向き合えなくて何が狼牙隊か。何が蒼脈師か。ここで逃げたら二度と変われない。

 ツバキがサクラを見つめると、サクラは口元に笑みをたたえた。


「ツバキ、あたしすごく嬉しかったんだ」

「……何が?」

「最近ちょっとずつだけど話せてるじゃん。昔みたいに」

「……うん。そうだね」


 自分に少しだけ自信がついて、サクラに抱いていた劣等感が薄れたおかげだ。花一華ユウキはそのきっかけをくれた人。暗殺者に狙われた時も圧倒的な強さで守ってくれた優しい人。


「これはあたしの気持ちの一方的な押し付けだからウザかったウザイって言っていいから。あたしはツバキのこと、親友だって思ってる」


 あんなに突き放したのに、傷つけたのに、まっすぐ見つめてくれるサクラが苦手だった。


「世界一の親友だと思ってるから。だから今日の先生の態度にはムカついた。ツバキには出来ないって決めつけて。あの人も他の先生と同じだった」


 自分にないものを全部持っている。望んだことは、なんでも叶える。そんな人だとずっとうらやんでいた。だけどその間違いに気づかさせてくれたのも花一華ユウキだ。

 何の犠牲も払わずに、何かを手に入れるなんてありえない。サクラはツバキの想像も及ばない時間と苦痛を対価にツバキの数歩先へ行く権利を得た。

 何も支払わず、駄々をこねていた自分とは違う。当たり前のことをようやく理解出来た。

 まだ追いつけていないけど、追いつきたいと思えるようになった。

 花一華ユウキは、大切なものに気づかせてくれた人だから、大切な人サクラと争ってほしくない。


「だからあたしは今からツバキのことを抗議しに行く」

「サ、サクラ!?」

「教師なんかやめてくれて結構。任務失敗で結構。親友侮辱されて黙ってらんない。でもツバキに黙ってやるのもなんかあれだから宣言しに来た。なんていうかごめん。あたしこういう人間なんだ。だからウザかったら言って」


 サクラのこういうところは、昔のままだ。

 優しくて思いやりもあるけど、強引で頑固でもある。自分を貫く強さがあるから、時々暴走してしまう。

 子供の頃と変わらないサクラがおかしくて、ツバキは笑い声を漏らした。


「ツバキ? な、なに? なんで笑うの?」

「やめてって言ってもやめない。それがサクラ」

「……分かってんじゃん」


 サクラも笑みを返してくれる。だから正直に話そう。花一華ユウキには教師として傍にいてほしいことを。これからもいろんなことを教えてほしいと。


「でも、怒ってない。先生に怒ってないのは本心。だから手加減してあげて?」


 そしてなによりも――。


「先生のこと、ちょっと分かるんだ」

「確かに、ちょっとツバキと似てるかも」

「うん。そっくりだ。自信がないのも、自分が嫌いなのも。多分同じ」


 似ているからこそ憧れてしまう。自分と似た人が狼牙隊の分隊長まで上り詰め、圧倒的な強さを手に入れた。

 いつか自分もあんな風になれたらいいのに。あんな風になりたいと思えた。

 だからこそあの人には傍にいてほしい。


「だから追い詰めないで?」

「分かった。でもあたしも言いたいこと言わないと腹の虫も収まんないから言うからね」

「それはサクラの自由だから好きにして。でもやめさせないであげて? あの人、私は気に入ってるんだ」

「分かったってば。あんたの才能に気付いたのは確かだしね。じゃあ行ってくる」


 サクラならきっとユウキに巣食う闇を取り除ける。

 ツバキの信頼を背に受けてサクラは、ユウキのいる職員用の寮に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る