乱世
星ぶどう
クガ国
この島国を統一していたスメラギ将軍が没した。
家督争いの渦の中、地方で力をつけていた大名という者が現れ自らが天下は我のものと名乗りを上げていく。
隣の国が滅び、昨日手に取り合った者が争いあい、一緒の腹から産まれた者が恨みあい、だまし、だまされていた。
世はまさに戦国時代。
クガの国はとても小さな国である。
ミノカサは百姓ではあるが、
所謂じざむらいという連中であった。
ここの領主トガシという男は見た目だけで優しそうな悪く言えばひ弱な顔をしている。
先代の領主は野望が高く小さいながらこのクガ国の領主となり大名にのしあがった。
トガシの長男(トガシの兄)も父親に似ていた。
ある日その長男は殺され、不幸は続き父親も謎の死をとげた。
トガシは次男であったため彼らが生きている間坊さんになる予定であったがこの相次ぐ不幸によって彼は不承不承大名となった。
ある時は父と兄を殺したのは次男ではないかと噂がたった、だが父親と兄とは性格がずいぶんと異なり謙虚で権力などに興味を持つ事は微塵も見せたりしなかった。
その性格が表にも出ておりいつもにこにこ笑って農民にも優しかった。
(ただ鼻毛を抜くのに夢中になるのがたまに傷であった)
ゆえに周りの国からも富なし大名とあだ名され、どこからも攻められずほそぼそと生き残って今にいたるのであった。
とある日、そこの住人が塩ッからい岩が出る洞窟を見つけた。
今まで無視していたトガシの領地を隣国さらには同盟国までトガシの国を狙い始める。
この時代、塩は貴重な物であり
人間には塩が必要不可欠である。
「戦がはじまるのぅ」
その噂にクガ国内は騒然となった。
ちょうど稲の収穫時期にこの話が出たことにより農民達はあわて、首を傾げるのである。
相手もじざむらいである、だのにお米の収穫をしないで戦をするとは狂気の沙汰である。
ただでさえ戦は食料などがばかにならないぐらい必要である、食料の他にも鎧や武器等も必要だ。
その時ミノカサというじざむらいの頭を任されている男が立ち上がり叫ぶ。
「落ち着けみんな」
彼の一声でトガシの山城で戦会議をしていたじざむらい達が黙り彼の方向に目を向ける。
「収穫の時期に戦は行われない、相手の国でもそうじゃ」
ミノカサはそんなに器量のいい男ではない、だが皆を引き付ける生まれもっての才能が彼にはあった。
いっせいに彼の顔を見るじざむらいとトガシ。
収穫の時期に戦は行われない相手の国もしかり。
領主のトガシもそう思っていた、人は災いを軽く見てしまう癖がある。
あてが外れるとはこの事である。
先の領主がクロ国に土地を献上したと嘘の文書を作成して(ちょうど岩塩がある場所)返すように促してきた。
戦評議が進んでいくうち何故クロ国は収穫時期に攻めてくるのかが不思議であった。
「これは何かの罠ではないのか?」
皆が思っていた事をミノカサは呟き、顎に指を当てた。
その時だった、情報を取り入れるのが得意なゲタマル下駄のままでトガシの山城に入ってきた。
「大変でさぁ、クロ国の軍がオカメ川に陣取ってまさぁ」
クロ国とクガ国の境目にあたるのがこオカメ川だった。
やはりクロ国は攻めてきた。
みすみす見逃してはならぬとトガシは戦の準備を始める。
じざむらいも首をかしげていたが戦の準備をとりおこなった。
木々の間から見える敵の軍隊がゆっくりと降りて来て、田んぼの上に並んだ。
さしもの(旗)が
そして相手の槍は不気味なほど長い槍であった。
「あんな長い槍で動きの自由がきくもんか」
侍達はざわざわとその長い槍の評価をした。
槍評論家のように。
ブオオオ!と法螺貝が辺り一面に鳴り響いた。
戦の合図である。
突撃するのはトガシ軍。
しかし相手の槍が長くてトガシの兵の槍は届かない。
対して相手の長い槍は侍達の兜にまで達してそこを思いっきり振り落とした。
地面に叩きつける。
槍は突いて攻撃するものと思われるがこのように相手の頭部にぶつけふらつかせぐわんぐわん兜の中に響き、脳震盪を起こすやり方なのであった。(やりだけに……ボソ)
さらにこの統率の取れた動きは半端な物ではない、百姓ではなく戦いの達人であった。
クロ国の兵は引こうと思えば前に出て来て、槍を進めようとすると引く、トガシの軍隊は隣の仲間が次々倒れていくため混乱した。
敵は大声を発して近づいてくる、大勢の人が殺しにくるこれほど恐ろしい物はない、中には脱糞する者も現れた。
大敗北とはこの事である。
トガシの軍はてんでバラバラになり、あるいは敵にねがえる者もいた。
山城に立て籠った――というより逃げるに逃げられなくなった――トガシは切腹覚悟であった。
隣にいるのはまだ若いミノカサ。
細目のいつも笑ったような顔のトガシも険しい表情。
「殿、切腹はまだ早いわたしが殿のふりをして活路を開きます」
「何故わしを助けるのじゃ? わしなぞ老い先短い老人じゃぞ」
ギラギラとみなぎる若者をわしの為にみすみす殺してしまうのか?
彼には無理である。
「そういう所です。殿を助けたいと思うのは」
無論それだけではない、彼にはトガシを助けたいある理由があったがそれは別の話。
不器用に赤い甲冑をトガシから剥ぎ取り、正体がばれないように、口元にめんぼうを取り付ける、兜には重そうな飾りがついているが、軽い木でできていた、それを豪奢な色や模様を施していた。でないと動きづらい。
トガシの兜の飾りは三股の鍬の様な感じである。
それを被り、ミノカサはトガシの全ての甲冑を揃えて敵の前に飛び込んで行った。
「我こそは、このクガ国の領主トガシマサチカなるぞ! この首欲しくば来たりて獲れ!」
敵の兵隊は一斉にトガシの格好をしたミノカサを見てその立派な格好で疑わず押し寄せてくる、大将の首を取れば功名がとれる。
槍で向かってくるクロ国、そして逃げるふりをして本物のトガシの逃げ道を作るミノカサ。
しかし多勢に無勢、ミノカサはあっさり一兵そつに捕まり腰の短刀で首を斬られようとした瞬間、何者かが走ってやってきた。
「おぉ、殿様じゃ! ゴンゲン様じゃ!」
わぁわぁと騒ぎ始めるクロ国の者共。
ゴンゲンはクロ国や他の国を統治している大大名である。
真っ黒な馬に跨がり真っ黒な甲冑を身につけている。
そのゴンゲンがわざわざ田舎の戦に姿を現した。
そしてその隣には……。
ゲタマルが一本足の高下駄を履いてニヤニヤ笑っている。
「皆の者! こいつが本当にトガシマサチカであるのか?」
面貌の奥の赤い目がギラリと光った。
全身真っ黒まさに夜の闇をかき集めたような甲冑を身に纏っている。
「間違いはありません、この甲冑はまさしくクガ国のトガシの物に相違ありませぬ」
今まさに短刀で首をとろうとしていた侍が言った。せっかくの出世に間違いがあっては困るからだ。
「ゲタマル、お前なら分かるであろう見て参れ」
ゲタマルはケラケラ笑い普通は鍋などに入れて湯で溶かす味噌を団子状にした味噌丸薬を噛りながらミノカサに近づいてみた。
彼と目を合わせたゲタマルは味噌付きのつばを飛ばして叫んだ。
「こいつじゃねぇ、トガシはもっと年寄りじゃ! こいつはトガシがもっとも信用しているミノカサという下級侍じゃ」
周りがどよめきはじめた。
功名をたてようとした男が抗議した。
「おどれ、その証拠はあるんかいのぅ!?」
ゲタマルはにぃと黄色い歯を見せる。
「そやつはわしが前々からクガ国に潜伏させていた
ゴンゲンは地面を震わせるような声を発した。
さてこの
「こいつの顔は何べんも見とるわ、まだ髭も生えておらん青尻の若造よ」
馬上からゲタマルの話を聞いて頭を押さえつけられているミノカサを見るゴンゲン。
「主人の代わりをうってでる。殊勝な心掛けだが、この戦国乱世にはそれが命とりになる。この戦、親子兄弟親類にいたるまで油断してはならん時。お主のその行動大うつけにも程がある」
ミノカサはギリギリと歯を食い縛った。
「わしの軍を見たか? 統率の取れた無駄のない動き、さらにこの時期でさえ戦に駆り出す事ができたのは農民と侍を別けたからだ。侍を戦の手練れとして鍛え。農民は自分達とわしらの年貢の米をいつでも作れるようにしたのだ」
兵農分離と彼は言う。
「くっこの俺をどうすると言うのだ?」
ミノカサはジタバタ暴れている。
「可哀想にねぇ、お主の仲間のじざむらい、まっ百姓共はもうゴンゲン様に屈服しておるわ、お主はどうじゃ? 泣きわめいて命ごいをせよ」
ゲタマルが隣からしゃしゃり出た。
まったく意地の悪い奴だゲタマルは!!
「そいつはわしに任せろ、お前達は真のトガシを探せ、心配ない偽物を捕まえたお主も褒美はしんぜる」
ミノカサの首を狙っていた男はそれを聞いてミノカサを離した。
瞬間ゴンゲンはミノカサを睨み付ける。
「わしが直々に手をくわえる、そこで見ておれ」
ピリピリとした緊張感、ゲタマルだけは舌舐めづりして細い目を可能な限り見開く、まるで舞いを眺めるように。
嫌な趣味なゲタマル!!
しかしゴンゲンは兜を剥がし、ミノカサの髪を切り刻んだ。
「それで流浪の旅にでも出ておれ、わしが憎ければ殺すがよい、何かしら好機は巡ってくるであろう!」
ゴンゲンはハハハと笑いながらトガシを探しに向かった。
「殺せ、こんな恥辱をこうぐらいならいっそ殺せ」
だがゴンゲンはそれを無視してトガシの山城の焼け跡に馬を進めた。
満月が周りを照りはじめ、そこに芋虫のようにうづくまるミノカサ。
百姓の国クガ国はクロ国の領地となった。
乱世 星ぶどう @kakuyom5679
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