第3話 Daily time schedule(キャラクター紹介)
洋菓子店『
まず、厨房・焼きもの担当の
まだ暗い早朝四時前に自転車で出勤。裏口から店に入り、電源や厨房の空調、焼き
ショートケーキ、季節のロールケーキなど、店に置かれる多彩なケーキの基礎として使われるスポンジや、シュー生地、パイ生地、タルト、スフレ、焼き菓子など、その日製造する予定の品目の基礎になるものを作る。焼き釜を通して供される品物は、彼の手によるものが多い。
七原とはまた別の意味合いで、
実直な『窯の守り番』といったイメージだ。
それから約一時間半後の朝五時半、店の若年メンバーの一人である
宮蔵が店に来てまずやることは、焼きの準備作業で出た洗い物や、器具の片付けだ。久慈が自分のスケジュールをこなそうとすると、なかなかそこまで手が回らない。
小柄な体で手近なものを巻き上げるかのように、ぱきぱきと仕事をこなしていくさまは、さながらミニサイズの竜巻一過の様相だ。「早起きは超絶得意なので、もっと早く来てもいい」という、見えない尻尾をブンブン振っての主張を久慈がやんわりと退けたのが、ただの遠慮や思いやりからなるものかは不明だ。
厨房メンバー最終便が到着するのが、午前六時。
彼らは二卵性の男女の双生児で、顔だけは瓜二つというくらいそっくりなのだが、髪型やファッションでわりとすぐに見分けがつく。
兄のすばるは、¥1000カットをこよなく愛する半引きこもりゲーマーで、非常にシンプルな服装を好むので、ぱっと見はいつも棒人間とか全身タイツみたいな感じだ。一方、妹のあきらはベリーショートに近い短髪で、どちらかといえばモノトーン寄りのモード系で、ポイントにスタッズを取り入れるなど、ちょっとパンチを効かせたマニッシュなスタイルを好んでいるようだ。前に、高校の学園祭で二人で女装をしたと言っていたが、あきらの方は女装じゃねーだろ、とは誰も言わなかった。
二人は主に洋菓子の組み立て担当。久慈と宮蔵が製作したパーツを、双子ならではの独特のコンビネーションで、次々に組み立てていく。パティスリーの魅せ場と言っていい工程だ。実際、同じ顔が二つ並んでくるくると入れ替わるように立ち働く様は、妙なシュールさとライヴ感があって見応えがある。出来上がった際にポーズを決めてちょっとした編集でも加えれば、そこそこ視聴数の稼げる投稿動画が出来そうだ。
なお、二人の会話は特殊な周波数の早口で、常人には聞き取りにくいことが多いので、字幕は必須と思われる。
実家が老舗菓子店を営む社長御曹司だ。社長業見習い修行中ということで、五年の期限付き就労の滞在三年目。おっとりと人当たりが良く、どこかに角が立ちそうな気配があらばすぐに丸めようと
就労の趣旨上、すでに一通りのことは修了済みの彼に、決められた担当区分というものはなく、厨房でも接客でも、頼まれたり手が足りなさそうだったりするところへさっと行って、流動的に手伝いをする。隙間を埋める天性の才というか、入り方がナチュラルで何事にもそつがなく、低姿勢で嫌味がない彼は、同年代の間では、だいたい『若』で通っている。
ちなみに家から
藤村は名前からしてすでにイケメンだし、背もそこそこあるし、金だって間違いなくあるだろうし、品もよければ声までいい。まさに天は惜しみなく彼に与えたもうた。────かに思われたのだが、スペックが上滑りしているのか必要以上に影が薄く、女にモテない。「いやぁ、電車でもなぜか一日一回は足を踏まれるんですよねー」と、本人は照れながら語っていたが、その理由について彼自身はまったく心当たりがないように見えた。おそらくはそのあたりの絶妙さが、むやみに人々の嫉妬を買って不当な差別に身を滅ぼされないための、神の采配というやつなんだろう。実際彼のスペックに妬みを持つ人間を見たことがなかった。
あと、よほどのおじいちゃんっ子だったのか、たまに言っていることがよくわからない。おそらくはギャグ……なのかも知れないが、昭和っぽいのでてっきり年配受けは良いのかと思いきや、この間かなりご年配のお客様にもぬるい笑顔で受け流されていた。
パティシエ。多分、天才肌と言ってもいいんだろうけど、カリスマ性やパワフルさは皆無。自己主張感ゼロの、ひっそりとした風情の変人だ。
七原の住んでいるところは店から程近い場所にあるとのことで、出勤は徒歩。そこだけはちょっと羨ましい。
朝一番に来てまずやることは、ショコラの在庫表のチェックだ。季節商品や発売日が決められているもの、予約状況などによってあらかじめスケジュールが組まれていることもあるが、基本的に作るメニューは七原に一任されている。
最近ではちょっとしたことではあるものの、俺の意見を聞かれることもある。しかし七原の反応は限りなく薄く、喋っている途中で「もしかしたら自分は
『paigue』では俺の入る数年前から、ショコラ部門に力を入れている。実際に売り上げに占めるショコラのパーセンテージもいまだにじわじわと伸びていて、現在七原はほとんどショコラが専門職のようになっているが、その負荷が限界だったことが、職員の新規採用に踏みきった理由らしい。まあ、その白羽の矢が当たったのが俺だったんだけど。
聞いたところによると、七原は初めにショコラ部門に人員を増やすことを打診されてから一年以上もの間、割り振られた仕事に決してノーとは言わず、与えられたスケジュールに坦々とひとりでこなし続けることで、「追加の人員は不要」という無言のアピールを貫いていたようで、結局上から『業務命令』の最終勧告をなされるまではそのようなスタイルで、自分に補佐が入ることを頑なに渋り続けていたらしい。
ちなみに今の仕事量を単純に半分にしたものを「やれ」と言われることを想像しただけでも、俺は「オエッ」となるのだが、それを
厨房スタッフは時間帯によってホールで接客をすることもあるけれど、七原が表に出ないのは適性を講じた上での措置なのかどうかは知らないが。少なくとも七原が和やかに客に対して振る舞う場面を思い描くことは俺には不可能だし、だったらその辺にいる猫でも捕まえて接客させたほうが、可愛らしさがある分だけまだ適性を感じられることは確かだ。
二人体制となった現在も仕事は忙しいが、うちのような規模の個人店では、自分たちの仕事を効率良く回した上で、さらにアクロバティックに他の人間の手伝いもこなすことが求められる。
その一方で、同じようにハードなペース配分であろうと、七原が決して急いだり、力んだりしているように見えないことが不思議だ。一度、「なんでそんなに早くできるのか」という趣旨の質問をぶつけたら、あっさりと動線の無駄を看破された。七原はどうせ俺のことなど見てもいないのだろうと侮っていただけに、箇条書きのようにシンプルで的確過ぎた指摘はやけに刺さって、悔しく思えた。
七原は細身の体で、倒れそうで倒れない道ばたの草のように、崩れることのない無表情でひよひよと仕事をしている。
ところで、最近俺は店の面々の七原に対する見方というか扱いが、『村人とお地蔵さん』の関係性に類似しているということに気が付いた。
村の外れにあるお地蔵さんは、表情もなく何も語りかけてはくれないが、村人たちは四季の折々に「昨夜風に飛ばされた枝葉で、お地蔵さんが汚れてはおるまいか」「お供え物は足りているだろうか」「雪が降ったが、地蔵様が寒がってはおられまいか」と常に気にかけている……。何の予兆もなく、そんな図がありありと脳内に浮かんだ。
『七原地蔵説』発見の瞬間は、まさに本人と向き合って仕事をしている最中で、折りしも丁寧な手つきでショコラの最終仕上げ作業を行っている七原の姿が、うらぶれた村の外れに佇む地蔵と重なった瞬間は、自分のイメージのビジュアルフラッシュ能力に屈服しかけた。あの時、泡立て器を手にしたまま、真顔で
俺だ。
「俺だ。」って。………ふっ。
───で、ここからが接客等のフロアスタッフ組。
仕入れ・配達・広報・ときどき接客担当。
通常の出勤時間は朝八時。店所有のカスタム軽トラでの通勤だ。
まず最初にすることは、その日の宅配や予約状況の把握と、各担当者への確認。そして店内の清掃と、焼き菓子など常温菓子の補充。フリペ各種や『paigue』で発行する季刊チラシ(シズが製作する)を並べたり、店内ディスプレイ等の作業。使用前のグラスや食器類の、汚れや欠けの
フロアの一角で行っている直売野菜を仕入れに行く火曜と金曜は、三十分早く来て、運び込んできた野菜や果物と会話をしたり、POPを手作りしたりしている。さらにヒマを見つけてはシャッター音を鳴らしながら店の内外を徘徊し、店のブログの更新などもしている。………どうも、ちまちまとした作業が好きなようだ。店に野菜を置くことを挙手でハイハイと提案したり、この店でやる企画モノには、大抵シズが
仕事としては、決まった仕入れ日以外は農家さんに顔を出す必要は無いはずなのだが、出勤前に契約農家の畑に寄っているらしく、おそらく持ち物の総重量の八割がたが野菜と持たされた弁当だ。そのあたりからひしひしと伝わってくる本気度から、ガチで戦力にされているっぽい。なので、そう遠くないうちにシズは洋菓子店から農家の家の子に移籍するではないかと俺は踏んでいる。つーかシズ、長靴履きすぎ。
おしゃれメガネ&パーマに私服&エプロン着用のバリスタファッションが壮絶に様になっている、我が店の顔のひとり。
『paigue』の各自の出勤時間はだいたい決まっているものの、繁忙期やイレギュラーな場合を除いては、周りの仕事内容を見てすり合わせるなど、それぞれの自主性に任せられることが多い。それが固定化した結果が、今の出勤時間となっている。そんな中、この人のみがどういうわけかのフレックス制で、フレキシブルな時間帯での出勤になるのだが、給与体制は完全な謎に包まれている。ただ、「この人の給料が安いわけがない。絶対」という万人一致の強い確信があるのみだ。じゃなきゃ、ここに通っているのは単なる彼の道楽で、本業は別にあるとしか思えない。それも、限りなく不労所得的な。……そう、
「あら。あなた働きたいの?お店なら銀座でもシンガポールでも、好きなところに私が買ってあげるわよ。いらない?ずいぶん物好きなのね。まあ、好きにしなさいな」
………とか言ってくれる誰かがいる系の。(※以上、妄想終了)
シチリアン高級リゾートみたいな気だるい雰囲気を
で、エプロンを結ぶ衣擦れの音とかをさせながらカウンターに立つなり、女の子に「何飲みたい?」とか聞いちゃうのだ。これで老若問わず、たいがいの女子は失禁寸前のような顔になる。それで男受けはめちゃくちゃ悪いかといえばそんなこともなく、千差万別な対応でこれまた上手く立ち回っている。それがすごく自然体に見えるところが、またすごい。
思うにこの人は、話しかける相手にある種の特別感を味合わせる、天性の才があるのだろう。それら一連の資質は全部ホスト向きのようでありながら、なぜだか夜の街よりも昼間のカフェのほうがしっくりと似合ってしまう。さらに言うと、この『paigue』のカウンターがいちばん似合っている、不思議な男前だ。
この人はもう格好いいというか、だるい。そしてエロい。以上だ。
森見と並び、『paigue』フロアエリア双璧の一人。マネージャーの志村を除けば唯一、創業時からの最古参。ベテランフロアマネージャーだ。接客のスキルももちろんすごいのだが、どちらかというと店そのもののコンセプトより、もっとハイソでアカデミックな方面出身の人なのではないかって気がしている。明らかに人種が違う感じが佇まいや言葉の端々から滲み出ている。永田町感が半端ない。あるいはやんごとなき宮仕えを辞して、訳あってここにいるんじゃないかっていうような。
とくにシズと宮蔵なんかが無邪気に信永さんに
かつては銀行だか宮内庁だかに勤めていて、
修さんはサルな俺たちとは違い、なんだか次元の高そうな会話もしているように見受けられるが、そういったところへ何の迷いもなく乱入するのは、サンダル
とはいえ、
親しみやすく穏やかで、おそらくは信永さんからしたら愚にもつかないものであろう
しかし俺はひそかに信永さんの真骨頂は、接客中に自分個人のことを何ひとつ話していないことを、相手にまったく悟らせないという点なのではないかと思っている。
なおかつ、就職一年以上経っていまだに信永さんの下の名前を知らなかったり。もしかして”信永”の方が下なのか。なんならば本名をかすりもしない通称ってことだってあり得るのだ。
『paigue』は、同僚に謎が多い職場でもある。
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