首なし芳一について僕らが知っている6つのこと

走るアンピシリン

首なし芳一について僕らが知っている6つのこと

 「ねえ、首無し芳一って知ってる?」

 彼女の長いようであまり長くない話は、青春小説の書き出しでよくありそうな、他愛もないセリフから始まった。


           ◯    ◯    ◯


 2020年の夏。8月も終わろうとしていたとにかく暑い日の夕暮れどき、誰もいない薄暗い教室に私は一人で残っていた。

 残っていたといっても、何も私が落第生だから居残りさせられているというわけではない。断じて。人には避けられぬ事情というものがある。詳細は聞いてくれるな。私が落第生だからというわけではない。

 「ふう」

 作業が一段落付いて一息つき、頬杖をつきながら窓から外を見た。カラスがかあかあ鳴きながら群れを成して飛んでいき、空は赤紅色に染まっている。

 そろそろ帰ろうかなあ。お腹も減ったし。先生のすきをついて。

 そんなことを思っていた矢先であった。


 「ねえ、首無し芳一って知ってる?」


 確かに教室には誰もいないはずだったのだが、背後から不意に声を掛けられた。

 振り返るとそこにはまるでマネキンのように、整った顔で綺麗なロングヘアの美少女が佇んでいた。

 佇んでいた、というか隣の席に座っていた。いつの間に。まるで気が付かなかった。

 なんだろう、すごくかわいい。こんな美少女、うちの学校にいただろうか。そういえば隣のクラスに何らかのミスコンで優勝した100年に1度レベルの美少女がいるという噂を聞いたことがある。一度学友とふざけて覗きに行ったことがあるがそのときは遠目で後ろ姿だったからよくわからなかったんだよな。艶のあるロングヘアは覚えているが、そういえばこんな感じだったかもしれない。だとしたらなんでここに? もしかして私がイケメンだから一人でいるところを狙って話しかけにきたのだろうか。そうに違いない。まあイケメンと言われたことは今までの人生で一度もないのだけれど。というか生涯で女子と話をしたことがほとんどないのだけれど。恥ずかしくて女子の顔を直視できない。我ながら恥ずかしい限りである。

 ただ、首無し芳一は気になる。

 「首無し芳一? 耳無し芳一じゃなくて?」

 つい聞き返してしまった。赤面してしまうのでできるだけ顔をみないように横目で。耳無し芳一は聞いたことがあるが首無し芳一など聞いたことがない。

 「ううん、首無し芳一」

 耳無し芳一とは阿弥陀寺を舞台としたいわゆる怪談である。小泉八雲の小説「怪談」に取り上げられたことで、有名になったという逸話がある。盲目の琵琶法師芳一が諸事情あり怨霊に襲われないように全身にお経を書いてもらったが耳だけ写経され忘れてしまったため、耳を怨霊にむしり取られてしまう……といったような話だったと思う。このことから得られる教訓は、細部まで気を抜くなといったところであろうか。取られたのは耳だけであり首はあったと思うのだが……。

 「首無し芳一は知らないなあ」

 「えー、知らないんだ。キミ、何でも知ってそうな顔してるのに」

 何でも知ってそうな顔とは。やはりイケメンということか。ふふふ。そんな妄想をしていると彼女はおもむろに言った。

 「首無し芳一にはね、6つの秘密があるんだよ」

 6つの秘密。なんだか気になるではないか。耳無しならぬ首無し芳一の6つの秘密とはこれ如何に。

 「教えてほしい?」

 教えてほしい。気になる。だが素直に教えてと言うのもなんだか恥ずかしいな。

 「ま、まあ、別に興味はないが、聞いてやってもいいかな」

 「ふふ、本当に興味ないのかな?」

 彼女が私の顔を覗き込んできた。やめてくれ、赤面してしまう。彼女からできるだけ目を逸らした。

 「しょうがないなあ。じゃあ、キミにだけ特別に教えちゃおう」

 「注意事項として、秘密を全部知っちゃうと良くないことが起きるから全部は聞かないように気をつけてね」

 りん、と風鈴の音が聞こえた、気がした。

 良くないこと。まあこういった都市伝説の類ではよくあるやつだろう。全部聞くと呪われるとかなんとか。子供だましも良いところである。私は美女公認のイケメンなのでそんなことは気にしないのである。まあ5つ目でやめておこうか。決して怖いわけではない。決して。

 「あいわかった」


 「よしよし、じゃあ1つ目。首無し芳一は首が無くても生きていられる」


 「まあ、首を切られて死んでいたらそこで話は終わるはずだからそうなんだろうな」

 「おっさすが聡明だねえ。正確には生きていられるというか、死にきれなかったというか」

 首を切られて死にきれないとは。芳一はモンスターかなにかなのか。

 「まあまあ、そこは怨霊とか霊的なやつだと私は思っているよ」

 彼女はお茶目っぽく言った。日本的ではあるな。

 

 「2つ目。首無し芳一は耳無し芳一と同一人物である」


 だいたいそんな気はしていた。

 「なんで首も無くなっちゃったか、キミにはわかるかな?」

 耳無し芳一がなんで首も無くしてしまったか。たしかもともとの話では「耳を取られたあとはもう二度と怨霊には襲われず、平穏な日々を過ごしましたとさ。おしまいおしまい」となっていたはず。

 であれば何故だろう。

 「耳がない化け物だと思われて武士に切られてしまったとか?」

 「そんな殺生な」

 「怨霊に襲われたことに発狂して自害したとか?」

 「自害で首を」

 「なんやかんやで切腹したとか?」

 「なんやかんやで切腹って。いやあゼンゼン当たらないねえ」

 彼女は嬉しそうにケタケタ笑っている。

 「じゃあヒントをあげる。耳無し芳一には実は語られなかった後日談があってね。結局芳一はその後また怨霊に狙われるようになってしまったみたいなの。なんやかんやあって」

 なるほど。なんやかんやは気になるが、それなら答えは絞られるため容易に推定できるはずだ。

 できるはず。

 ……わからない。流石に失敗を生かして今度は書き漏れのないようにお経を書かせるはずだ。いわんや顔をや。

 「正解を教えてほしいって顔してるね。しょうがない、教えちゃおう」

 「耳を取られた後、二度と同じようなことが起きないようにって、顔には一分の隙間もないほどにお経を書かせたんだって」

 「ほう」

 「そうしたら、ただ顔一面に墨を塗ったくったみたいになって、結局首から上だけ丸見えになってしまったそうなの」

 なるほど、それで首も持っていかれたというわけか。かわいそうに。

 「それから得られる教訓は、何事もやりすぎは良くないということだな」

 「おっ、良いこと言うね」


 「じゃあ3つ目、町で首無しの死体が見つかってる事件、キミも知ってると思うけど」

 たしかに、最近首が無い死体が続けて見つかったというニュースが町中を騒がせている。物騒な事件だが、それがどうかしたのだろうか。

 

 「あれね、首無し芳一の仕業なんだよ」


 突如、風が窓からピューっと教室に入ってきて窓枠をガタガタ鳴らし、カーテンを靡かせた。

 この美少女は何を言っているのか。頭が弱い人なのだろうか。まあ、都市伝説が好きでどんな事件も陰謀論的に考えてしまうというのは考えられなくはないか。

 「あーキミ信じてないでしょ?」

 「いやーシンジテルシンジテル。怖いなー」

 「目撃者もいるらしいよ、ほんと」

 「見間違いではなかろうか」

 「今も外とか歩いてるかもしれないよ」

 「まさか」

 そう言いつつ窓から横目で外を眺めた。ここからはちょうどグラウンドが見える。 

 誰か人が歩いてるな。生徒ではなさそうだ。そう思いその人をよく見て驚愕した。


 その人には、首から上が、無かった。


 「おい、あの人……」

 「え、なになに? ほんとにいたの? どれどれ、ん、誰もいないじゃない」

 そんな馬鹿な。そう思いもう一度グラウンドを見るとたしかに誰もいなかった。 

 「見間違いだろうか」

 「怖くて幻覚をみたんじゃないの?」

 彼女は笑っている。

 「どんどん行くよ」


 「4つ、首無し芳一は夕闇を好む。そう、ちょうどこんな感じの夕焼け空だね」


 がたん。

 突然、入り口の方から音がした。

 音のしたほうを振り返ると教室のドアが開いていた。さっきまで閉まっていたはずなのに。

 

 「5つ、首無し芳一は、道連れにする人を探している」

 

 心なしかどこかでお経を読む声が聞こえる。額に汗が伝った。いや、ただの耳鳴りだろう。

 「どう、怖くなってきた?」

 「い、いや、全然怖くなどない」

 自然と早口になっていた。

 「ほんと? 汗かいてるよ」

 相変わらず彼女は笑っている。

 「そ、そんなことないさ。全然怖くない。次は?」

 「次も聞いちゃって大丈夫?」

 「もちろん大丈夫だ。全然怖くなんかないしな」

 「ほんとにほんと? じゃあ遠慮なく」

 待て、いま何問目だったろうか。1,2,3,4……5問目? となると次は。

 「待っ」

 「もう遅い」

 彼女はもう笑っていなかった。


 「6つ目、全部聞いた人は首無し芳一の道連れとなる」


 「え?」

 そう思った瞬間、私の身体は虚空を舞っていた。

 いや、私の身体が椅子に座っているのが見える……そうか、首が飛んでいるんだ。

 頭が動かせないので視線をずらして彼女のほうを見た。どこから出したのだろうか、手には大きな刃物を持っている。あれで首が切られたのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。なんと、あるべき場所に、あるべきものが、無かった。


 そう、彼女には、首から上が無かった。

 刃物を振った反動で落ちたのだろうか、頭は彼女の手に無造作に掴まれていた。

 その顔を見て驚いた。

 

 よく見ると、その顔は、マネキンだった。

 マネキンのように整った、ではなく彼女の顔は、マネキンそのものだったのだ。


 首無し芳一がマネキンの顔を自分の身体にすげて、首が無いとバレないようにしていたのだろう。気付け、私。全部聞くと、というのは6つ聞くことで何らかの条件が満たされるということなのだろう。


 やれやれ、これから得られる教訓はいま何問目かは常に覚えておくべしってことと、女子と話すときはきちんと顔を見て話すべしってところかなあ。


 薄れゆく意識のなかで、私はそんなことを思った。

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