第11話猿の音三郎
大和屋与兵衛は甘い人間ではない。
そして自分の息子、峯次郎が下衆なのをよく理解していた。
必ず復讐しようとすると確信していた。
峯次郎が死ぬのを確認するまであとをつけさせていた。
問題は誰に後を付けされるかだ。
与兵衛の用心棒や対談方は恐ろしく強いが、尾行が上手いわけではない。
そこで相談したのが、火付け盗賊改め同心黒鉄長太郎だった。
娘の嫁入りの時の交渉で、長太郎が信頼できる性格だと分かっていた。
黒鉄長太郎は自分が個人的に抱えている密偵を貸し出した。
猿の音三郎という元盗賊の密偵だが、二つ名の通り猿のように身が軽い。
それも当然で、捨て子だった音三郎は、拾った親方に角兵衛獅子の技を仕込まれ、旅芸人の一座に軽業師として売られ、嫌気がさして盗賊なるという人生だった。
それだけに押し込みや尾行が得意だった。
その技の冴えは、凄腕盗賊の壬生の捨弥と鬼子母神の夏に気がつかれないほどだ。
もっとも、二人が本格の盗賊だったら違っていたかもしれない。
地獄の鬼太郎一味は盗賊というより殺人集団だ。
盗みの技よりも殺しの技に重点が置かれていた。
だから鬼子母神の夏が峯次郎なら情報を引き出しているのも、地獄の鬼太郎一味が大和屋与兵衛を襲おうとしているのも、猿の音三郎は天井裏で聞いていたのだ。
音三郎から話を聞いた与兵衛は危機感を持った。
それは当然だろう。
どれほど凄腕の用心棒を雇っても、完全という事はない。
そこで黒鉄長太郎に頼み、火付け盗賊改めに護ってもらおうとした。
黒鉄長太郎にも否やはなかった。
これは大きな手柄になると思ったのだ。
それに、音三郎を貸し出したことで、十両という多くの礼金を得ていた。
本当は大和屋に直接入りこめば一番楽だ。
だがすでに地獄の鬼太郎一味が入り込んでいるかもしれない。
最初に黒鉄長太郎と与兵衛が会ったことは、壬生の捨弥と鬼子母神の夏は知らなかったが、他の配下が入り込んで鬼太郎に知らせている可能性もある。
地獄の鬼太郎の事が分かってからは、黒鉄長太郎と与兵衛は船宿で会うようにしていたのだ。
黒鉄長太郎から知らせを受けた火付け盗賊改め長官、建部荒次郎広般は大和屋の表と裏を見張れる場所に監視場所を設けた。
手練れの与力同心を配し、いつでも地獄の鬼太郎を迎え討てるようにした。
同時に猿の音三郎に壬生の捨弥の後をつけさせ、盗人宿を見つけ出そうとした。
そのための人員は、音三郎が使いやすい人間を、音三郎自身に選ばせた。
音三郎は着実に成果を上げていった。
壬生の捨弥が直接使っている一味の者の名前や顔や家を見つけ出した。
★★★★★
アルファポリス『第6回歴史・時代小説大賞』に向けて休載し、6月1日から再開します。
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