第9話

「とゆーわけでキャット借りてきまーっす!」

「おー、傷モンにして返してきたら同じだけ撃つからなー」

「俺はげんこつかね、くっく」

「ぅわ、保護者怖い」


 唐突に部屋に入ってきて数学の勉強をしているところを、そういうホースに肩で担がれ俺は無理やり回天を出された。ちなみに俺の部屋の鍵は聞いたところ全員が持っているそうなので無意味だそうだ。トイレにこもるしか籠城手段はない。

 ぱたぱたと手を振るドッグとモンキーにドナドナを歌われながら、ホースの細身のMWに乗せられ俺が足を付けたのは、サウジアラビアだった。なんでまた、思っているとほいっと、と渡されたのはカギだ。家なんかのカギじゃない、もうちょっと複雑な電子キー。ますます訳が分からなくなってホースを見ると、にっしっし、と笑われる。

「喜べ青少年、お前にも戦場デビューの時が来た!」

 …………。

「いや結構前から出てますけど」

「でもこういう『戦争』に参加するのは初めてだろ?」

「それは、確かにそうだけど……」

「まあシープちゃんの指令でね、キャットにMWの技術も教えておきなさいって。いつ必要になるか分からない技術はこれからドンドン詰め込まれるぞー、ヘリの操縦とか小型ジェットの操縦とか、あいつが返ってきたら宇宙用のMWなんかも仕込まれるかもな! ま、生きていくすべと言うものだ、がんばれよー青少年! ちなみにお前のMWはこれだ!」


 宇宙まで視野に入れてんのかよ、驚く俺の前でばさっと幌を取られたトラックの荷台にあるそれは、長距離用と思しきライフルが肩から生えた、流線型のボディをした茶色い機体だった。色は夜陰や砂漠戦に合わせてミラーリングして変えられるとのこと。曰く市街戦なんてものは素人のやることだそうだ。コックピットのセーフティシャッターを上げられ、導かれると身体にフィットする椅子はなかなか心地良い。このコックピットで何時間も過ごすことが多いからなんだろう。キーを入れる穴があったので、さっき渡された鍵を差し込んでみる。あちこちにいろんなモニターが浮き上がってぎょっとしたら、ホースが身を乗り出してこれは、と一つずつ教えてくれた。

「一番近くにいる敵。百キロ以上離れてるから問題はなし。こっちは周囲の赤外線モニター。普通のモニターはこっちな。とりあえずここだけ覚えてれば大丈夫だから」

「肩の銃は?」

「それはこれだな」

 ボタンを押すと上から潜望鏡のようなものが下りてきて、顔の前で止まる。スコープらしく、ついでにホースに手を取られるとトリガーの付いたレバーが手に触れた。これで撃つ、と言うことなのか。ドッグの口癖を思い出すと、けらけら笑ってホースは手でスコープを上げる。

「基本はドッグの口癖。目標をセンターに入れて撃つ! なんだけど、こいつは後方支援用のライフルなんだ。ちなみに乗ってる車は発電機車で、一度撃ったら次の発電機車までダッシュ。方向はここに出る。次の発電機車でも、撃ったら別のに逃げる。狙撃の基本だろ? 動き回るのは。ちなみに足はタイヤになってるけど、短時間ならホバー利用の飛行も出来ないことはない。ただし電力使うから、あんまりお勧めはしない、ってところかな」

「はあ」

「そこはサー・イエッサーだ!」

 本場のドッグより日本人のホースの方が喰いつくのかそのネタ。

 と、思っていると、重量型のMWと砲台付きのMWが到着する。

 それぞれから出て来たのは、体格の良い日系人とアメリカ人だった。何を根拠にアメリカかと言うと、帽子に星条旗が付いている。こんなところで国籍丸出しにしてて良いのかと思うが、近くにはほかの隊はいなかったので、良いと言うことなんだろう。それにしてもアメリカ人が自己主張強いって本当――あ、ドッグはそうでもないか。人それぞれなのかな。まあそんなの世界中がそうだと言っても構わないだろうけれど、それにしても星条旗は目立つ。良いのかそれ。

「『タイガー』に『ボア』。それと」

「スネークだ。前に一度会ってるな、坊主」

 タイガーと呼ばれた星条旗の重量級な機体の中から、ぬるりと出て来たのはスネークだった。

 砲台付きから出て来たボアはどちらかと言うとおっとりしたタイプに見えたが、それはがははと笑うタイガーに比べての事だろう。豪快な人らしい。っていうか手にビール瓶持ってるし。良いのか飲酒MW運転。戦争なんて酒でもなきゃやっていられないともいうが、まだ何も始まっていないのに。

 コックピットからホースと一緒にいったん出ると、がはは、笑いながら体格の良いタイガーが笑って俺の頭をわしわし撫でた。ラットやドッグのそれとは違って、豪快だ。と言うか頭を掴んで揺らされてるいるような気分にもなる。お、おげええ。俺は自分の三半規管が弱いことを自覚している。だけに、やめて欲しかった。前のヘリでもぐるぐる回されたし、先日のバードのパラシュート降下もくらくらしたし。だからやめて。やめてええ吐くうう。

「お前がキャットか。シープたちから話は聞いてるぜ、オークションで良い買い物したってよ!」

「デリケートな所に触れるなよこの馬鹿虎は。あー俺はボア、初めましてだな。よろしく、キャット」

「誰が馬鹿虎だ、ああ?」

「テメーだよクソヤンキー」

 タイガーは元米兵で、ボアとはその頃からの付き合いらしい。付き合いと言うか、ド突き合いと言うか。仲が悪くて辟易されていたそうだが、どちらも身体をペグ化したことによって機動課配属になり、それからはそこそこの仲になったらしい。あくまでそこそこと言うことで、けっして仲良くなったわけではないようだけれど。気が付くとガン付け合ってるし。

「俺達の四人でチーム組んでMW傭兵隊をやってんだ。『シープ機関』の収入は、だからお偉方からの援助よりそう言うのの方が多い。この前のバードの作戦だって、きっちり取り立てたらしいからな」 

「取り立ててたのか……あの人から……」

「あれで仲は良いからね、二人とも。気軽に傭兵貸してーとか言って来るぜ?」

「気軽な問題か、それ」

「まあ二人にとっては気軽なんでない? それ言ったら接近戦用のペグ持ってる俺らにMW乗せてるのって割とおかしな事だし」

「ま、それもそうだな」

 タイガーが言いながら手を握ると、手の甲からかぎ爪が出てきてぎょっとする。思わず肩を跳ねさせると、なんだよーとしょぼくれた声を出される。

「そんなに驚くなよーちょっとしたおちゃめな能力だよー。別に毒縫ってるわけでもないしー」

「今はな。使用時には破傷風を引き起こす毒とか分泌する」

「ばらすなよスネーク。あっと言わせたいから黙ってたところなのに」

「お前のドッキリは性質が悪いから言っているんだろ」

「ああ? ボア、テメー一発やるかこら」

「やめろ。齧るぞ、俺が猛毒出しつつ」

「すんませんスネークさん」

「やめてくださいスネークさん」

 中々可愛いおっさんたちだった。年の頃はモンキーと同年代ぐらいかな。思いながら俺はいつの間にかホースが簡易テーブルに地図と碁石をばらまいているのに気付く。馬鹿っぽく見えて、結構抜け目がない人だ。この人も。白石で敵陣勢力を表し、自分たちがいる場所は黒石。さて、とホースがパンパン手を鳴らして三竦みを止めさせる。ぞろぞろテーブルに集まっていく人達に一歩遅れて。俺もテーブルを覗き込んだ。

「おそらく敵勢力の中心がここ。衛星でもテントなんかが複数張られてるのを確認してる。俺達からは百二十キロってとこ。戦線の始まりは俺達が五十キロ圏内に入ってきたあたりだと思う。今回新しく入って来たキャットのMWはハーブ博士肝いりの超長距離支援型だから、七十キロぐらいのところで発電機車を乗り継ぎ乗り継ぎ連中をかく乱してくれればいい。そうして」

「入っていくのは俺とスネークだな。重量級の俺のMWなら間違ってキャットの弾が当たっても問題ない。となるとボアはどーすんだ?」

「周囲に散った敵の掃討かな、俺と一緒に。あとキャットに近付こうとする敵は俺が優先的に片付ける。スネークは敵陣に付いたら確実に敵本部を制圧すること。MWの出番がなくて悪いけど」

「あんなの乗ってなくたって俺は強いよ、ホース。くくっ」

「心強くて何よりです、っと」

 くっくっく笑う中で、俺だけが笑えないでいた。

 だって、初戦で随分大事な所を任されてしまった気がする。

 ボアの砲台付きも機動力はそんなにないだろうし、ホースの軽量級はその軽量さゆえに武器は詰め込めないだろう。と言うか、俺ありきで作戦を立てるのは勘弁してほしい。こっちは完全に初心者なんだから。するとボアがおっとりした目で俺を見下ろしてくる。優しい動物みたいな目だな、と思った。不覚にも。ボアはイノシシだから、猪突猛進で怖い所もあるのだろうか。確かに砲台とは、猪突猛進なものではあるが。

「心配か? キャット。お前こういう戦場は初陣だって聞いてるけど」

「心配です……シミュレーションってあります?」

「あるよ。それで少し慣らしてからにした方が良さそうだな」

 もう一度コックピットに戻る。青いボタンを押されると、さっきのスコープが下りてきて、シミュレーションモードが開始される。

 本当に俺、生き残ることができるんだろうか。

 思いながらサウジの夜は深くなっていき――


「そろそろ良いかな」

 ホースの言葉にこくんっと頷いたのは三人だ。俺はまだシミュレーションをしている。だって怖いじゃないか。気を逸らせるものが欲しい。生身の戦場で覚えたことがないのは、武器に慣れていたからなのだろうか。武器を身に着けて扱えるというのは恐怖に対しての良いアドバンテージになる。シープの言葉だ。俺はこの武器をまだ扱える自信がないから、恐怖を覚える。と、コックピットの一角に写真が飾ってあるのに気づいた。ラット牧場で撮ったものだ。ホースの気遣いだろうか。ちょっとほっとしてから、すぅ、と息を吐く。

 発電機車はみんな無人。最悪死ぬのは俺一人。大丈夫だな。うん。誰かを巻き添えにしないよう。精々頑張るとしよう。

「ミッション開始」

「GOGO!」

「黙れ馬鹿虎」

「はい集中してねー」

 七十キロ地点まで近づいた俺は、赤いボタンでシミュレーションモードを切る。さあここからは戦場だ。俺の知らない、戦場だ。アンネ。ドッグ。モンキー。意地でも無事に帰ってやる。五人そろって五体満足で。いやペグ化してるから彼らはすでに五体満足ではないのだろうか。うーんと考えながら、俺はライフルを連中の拠点に向け構える。

 ずど、と結構な反動があって、それは発射された。

 敵陣が混乱している間にスネークを乗せたタイガーの機体が戦線を進める。俺はタイヤのクッションに身体を揺らされながら、次の地点――地図の赤いビーコンに向かう。そうしてもう一発撃ち出せば、最初ほどの衝撃は覚えなかった。

『良い勘してるぜ、キャット』

「機体のおかげです。……弾道計算とか全部やってくれるから俺は打つだけだけど、この計算って何が?」

『オデュッセイアだよ。『シープ機関』で打ち上げた衛星で、シープちゃんとモンキーの肝いりだ』

「えいせっ……そんなもんまで持ってんですか、この機関」

『知らなかったっけ?』

「ご機嫌に聞いてないです……」

 と、こっちに向けられてくる弾丸がモニターに映った。俺はよけようとするが、それにボアのものらしいミサイルが着弾して難を逃れる。っていうか高速移動物体に当てられるってどういうことなんだ。ペグは腕とか聞いた気がするけれど、これ明らかに関係ないよな? 戦場で鍛えられた勘と言う奴だろうか、すごいけど怖い。次の発電機車に向かい、俺はまたライフルを撃つ。

 場全体が敵だと言うのは、珍しいけれど珍しくないけれど、なんだか変な気分だった。何かに目標を定めて撃つんじゃなく、かく乱目的で武器を扱う、って言うのは慣れてない。きゅぱっと発電機車を捨てて走っていこうとすると――

 きゅぅん、と音がして、システムがダウンした。

『キャット、どうした!?』

 いざという時の無線からホースの声が入って来る。

「わ、分かりません、急にシステムダウンしてっ」

『落ち着け、多分電力切れだ。次の発電機車まで結構あるな、ちょっと待ってろ!』

 戦場でちょっと待っていることは恐ろしいと、知っているはずなのにそんなことを言うんだから性質が悪い。幸い全システムがダウンしてるから敵にも見付かりづらいだろうが、と思ったところで一機のMWが俺の方に向かって来る。まさかり型の近接武器で、俺のコックピットを狙い加速してくる。セーフティシャッターがあっても、こんなのは無理だろう。無茶だろう。アンネ。さようならアンネ――


 目を閉じたところで、ガキンッと音がする。

 目を開けると、ホースが盾を使って相手の武器をさばいたようだった。

 そしてホバーで相手を武器ごと振り回し、がしゃんっとおもちゃのように捨ててしまう。それからホースの機体が、俺の機体に伸し掛かってきた。

 見る間に電力が回復し、動けるようになる。

「ホース、ホースの方が危ない、これじゃ! もう良い。次の発電機車までは持つ!」

「でへへー俺ももうすっからかん。一緒に発電機車連れてってくれ、予備のエネルギータンクがあるから」

「無茶してっ」

「ボアに任せとけば大丈夫だよ。あいつ勘は良いから、俺とおんなじで」

『一緒にするな』

「えー」

『こちらスネーク。敵地制圧完了。残りをタイガーが掃討すれば、このミッションは終わりだ』

「でも油断してらんないから、ほらキャット、発電機車発電機車」

「もう……めちゃくちゃだっ」


 俺は傷の付いた盾をぶらさげるホースのMWと一緒に、次の発電機車まで走った。


 ハロー、アンネ。

 今回はとある地区の武装勢力をMWで掃討する任務でした。MW初心者にいきなり一機機体を持たされるんだから、この機関は全く分かりません。もしも失敗していたらとか考えないのでしょうか。本当。めちゃくちゃでした。でも被害がホースの盾一枚で済んだって言うのはすごいことなのかもしれません。それも俺を庇った盾でした。ボアやタイガーと言った職業軍人の人たちと触れ合えたことも、なかなかいい経験だったのだと思います。俺にはやっぱり無理かな、と思うところもありますが。

 機械越しに見る世界はなんだか恐怖がないのが恐怖でした。恐怖を忘れることが怖い、と言ってもアンネには分かりませんよね。武器を扱っているとその力を過信してしまうというのがよく解りました。君がそんな状況になるとは思えませんが、自分の力で何でも出来るようにする所から始めたほうが良いようです。まずは部屋の模様替えを一人でしてみるとか。……ごめんなさい、あんな巨大なベッド、アンネ一人で動かせませんよね。

 武器を身に着けて扱えるというのは恐怖に対しての良いアドバンテージになる、とはシープの言葉ですが、恐怖自体を忘れるようではいけないのだと思います。少なくとも俺は今回、そう学びました。

 どうか君が無事である場所から逃げ出そうとしませんように。

 親愛なるアンネ・コルンブルーメ・フォン・フォーグラーへ。

 トムキャットより。


「今回のミッションの間違いはー、キャットが発電車で十分な充電を受けないまま次の車に走ったことにある」

「えっ」

「敵からはどうせ見えないんだからもうちょっとゆっくり充電してから撃つ、を繰り返しても良かったんだよ。その辺シミュレーションにはないトラップだったな。今度から仕込んどくから、またMWに乗るミッションがあったら反復しておくように。以上、解散!」

「はあ……」

「はは、そうしょげるねえキャット! 俺達だっていろんなミスを繰り返してきた身だ、お前に五体満足でいてもらいたいからこその厳しい評価だったと思え、な!」

「はい……ありがとうございますタイガーさん」

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