記録47 わからない

魔王を陥れた魔族があと一人いる。

それはいったい誰なのか?


「はぁ……全くわからないわ」

魔王代理はドサッと椅子にもたれかかる。

机にはレライトの日記が広げられていた。

何度も読み直し、特殊な魔法が使われたりしていないか確認し、もう数日が経っていた。


全くわからない。

魔王を陥れた、あともう一人の魔族がわからない。

性別、種族、背丈、顔、役職……人物を特定できる要素が何一つ、この日記には書かれていない。

日記には『あの人』としか書かれていない。


「不自然だわ……」

魔王代理の口からぽつりとそんな言葉が出た。

人物を特定する要素が何一つ書かれていないなんて不自然だ。


実はそんな人物はいない?

でも、日記にわざわざ架空の人物を登場させる意味は?


バタンッと魔王代理は机に突っ伏した。

「わからないわ〜……」


コンコンと扉がノックされる。

魔王代理はすちゃっと起き上がり、ピシッと姿勢を正す。

「どうぞ」

扉が開き、部屋に入ってきたのは……

「お母様、いま大丈夫?」

「まぁ、クローチェ!大歓迎よ!どうしたの?」

よく見れば、クローチェはティーセットの乗ったトレーを持っている。

「お母様、疲れているんじゃないかな〜って思って。一緒にお茶しよう?」

「クローチェが、可愛い上に優しくて神!」

「うんうん、そのセリフ百回ぐらい聞いた」

「あら、私、百回どころか一万回ぐらい言ってるわ」

魔王代理の冗談にクローチェは思いっきり笑う。

クローチェの笑顔を見たら魔王代理に重くのしかかっていた疲れは吹き飛んだ。


「ラムネって美味しいわね~。すぅっと口の中で溶けて……スッキリとした甘みがいいわ」

魔王代理はクローチェが紅茶と一緒に持ってきてくれたラムネをひょいひょい食べる。

クローチェは、机に広げられたレライトの日記や万年筆、ノートなどの筆記用具を見て「あ!」と声を上げた。

「お母様、これ……有効活用してるんだね」

クローチェがそう言って手に取ったのは、押し花の栞だ。

「ふふ、気に入って使っているわ」

魔王代理が気に入って使っている白い花の栞は、魔王からプレゼントされた物だ。

「2人の想いがこもった栞……私の宝物よ」

「2人って……私は別に、お父様に『栞にしたら?』ってアドバイスしただけだよ。あのときのお父様ったら、最初に渡そうと思ってたプレゼントを渡せなくなって、すごいしょぼーんってしてたんだよ。なんか見てて可哀想だったから、色々考えてアドバイスしたなぁ」

くすくす笑いながら言うクローチェ。魔王代理は「え?最初に渡そうと思ってたプレゼントを渡せなくなった……?」と首を傾げた。

魔王から栞を貰ったとき、クローチェがアドバイスをしてくれた、という話は魔王から聞いて知っていたが、最初は別の物をプレゼントしようとしていたなんて初耳だ。

「最初に渡そうとしてた物が壊れたりしたの?」

実は魔王はちょっと力が強くて物を壊すこともしばしば……。プレゼントしようと思ってた物をうっかり、馬鹿力で壊しちゃってしょぼくれる……魔王ならありそうだ、と魔王代理は思った。

しかし、クローチェは首を横に振った。

「あ、ううん。お母様の秘書のリンゼンを経由して渡そうと思ってたんだけど、リンゼンに拒否っていうか〜これはダメって言われたみたいで」

「え、リンゼンが?」

これもまた、初耳だ。リンゼンからそんな話を聞いていない。

「ねぇ、クローチェ。その話……詳しく聞かせてくれない?」

「え、うん……いいけど」


2年前。

魔王は白い花がたくさん咲いている大きな鉢植えを両手で抱えて、るんるんとした足取りで魔王城内を歩いていた。

白い花からは、甘い香りが漂っている。

「リンゼン!」

「魔王様……どうされましたか」

「これ、品種改良をしてついに完成したんだ」

「あぁ……安眠効果を……高める香りを持つ花……でしたか」

「彼女に渡してくれないか?一刻も早くこの花を見て欲しくて……。本当は自分の手で渡したいが、私はこの後、仕事があるんだ」

ズイッと差し出した鉢植えを、リンゼンは受け取ろうとしない。それどころか、眉をひそめていた。

幽霊族は、存在感が薄く、感情がわかりにくいが、今のリンゼンが、迷惑そうなのがよくわかった。

「……魔王様、この……大きな鉢植えを……渡すのですか?」

「え、あぁ、うん。一番立派なやつを渡そうと……」

「魔王様……迷惑です」

リンゼンにハッキリと言われた。

魔王は思わず鉢植えを落としそうだった。

「め……迷惑。どうしてだ?」

「こんな大きな鉢植え……置き場所に、困ります。それと……この香り、甘ったるすぎます。少しなら……いいですけど、こんなにたくさんは……。それと魔王様……鉢植えがあると、虫が湧きやすく……なるのです。管理が、大変です。迷惑……です」

「そ、そうか……。そうだな。そこまでは……考えてなかった……邪魔したな、リンゼン」

魔王は、とぼとぼと鉢植えを抱え直して、来た道を戻っていった。


「ねーねー、お父様!聞いて〜……って、ど、どうしたの!?」

魔王は、天蓋付き超ふかふかベッドの上、しろくま型の抱き枕を抱っこして魂が抜けた顔で座り込んでいた。

「あぁ……クローチェか。実は、あの花がついに完成したから、お母さんに見せようと、リンゼンに渡してもらえないかって頼んだら、その……迷惑だって……」

クローチェは、てててっと小走りで魔王がいるベッドまで向かい、勢いよくぼふんとベッドに飛び込んだ。

「なんで、ダメって言われたのー?」

「大きい鉢植えは、置く場所に困るし、管理が大変だって……」

「あー。なるほど。もしかして部屋の真ん中に置いてあるアレ?」

魔王はコクリと頷く。

「まぁ、確かに……あんなに大きいとちょっと邪魔かもね」

「うっ……心の傷が、さらにえぐられる……」

「ぎゃー!お父様、ごめんっ!ほら、元気出して!大きい鉢植えは邪魔だけど、他のにしたらいいんじゃない?ドライフラワーにするとか!」

のろのろと抱き枕に埋めかけていた顔を上げる魔王。

「ドライフラワーか……」

「あ、押し花とかもいいかも。そうだ!ね、お父様、押し花の栞とかどう?お母様、よく本を読むし、喜んでくれるかも!」

「クローチェ……お前は天才だな」

「そのセリフ、百回ぐらい聞いたよ」

「む、一万回ぐらい言ったと思っていたが……まだ百回だったか」


クローチェは魔王と一緒に押し花の栞を作ることにした。

魔王は馬鹿力な上に不器用なので、細かい作業はクローチェがやることになった。

一緒に押し花に使う材料を揃えつつ、クローチェは「なんか、前にもこんなことなかった?リンゼンに止められたこと……」と魔王に尋ねた。

「あー……あったな」

「なんかさぁ、リンゼンってお父様にちょっと厳しくない?」

「まぁ、それはしょうがないさ」

魔王はあっけらかんと言った。

「しょうがない?どうして?」

「んー……リンゼンにとって、お前のお母さんはいわゆる推しなんだよ」

パサッとクローチェは栞に使おうと思っていた紙を床に落としてしまう。

「えぇえええ!?そうだったの?知らなかった!!」

クローチェの驚きっぷりを見て、魔王は大笑いをする。

「そんなに驚くとは……ククッ」

「いや、驚くよ!!え、つまり?お父様が、お母様に面倒事を持っていかないように、リンゼンが防波堤になってたってこと?」

「そういうことだな。リンゼンは優秀なストッパーだよ」

魔王は笑ってそう言った。


「……っていう話をしながら、その栞をお父様と一緒に作ったの。あとは、お母様の知ってる通り」

クローチェの話を聞き終わった魔王代理は、まじまじと白い花の押し花を見つめた。

「そうだったのね……色々と初耳だらけだったわ」

クローチェは壁掛け時計で時刻を確認すると、目を大きく見開いた。

「わ、つい長々と喋っちゃった!ごめんね、お母様……仕事の途中だったのに」

「ふふ、大丈夫よ。ちょっと行き詰まってたところだったし……。いい気分転換になったわ。ありがとう、クローチェ」


魔王代理は椅子から立ち上がり、ぐぐ〜っと大きく伸びをする。

「さて……お仕事再開しましょうかね〜」

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