記録46 まだ終わらない

クローチェは拾い上げた日記をペラペラめくる。


◯月◯日

兄はすごい。いつも比べられる。

せいぜい、兄を支えられるように頑張れと言ってきたヤツがいる。うるさいな……。


◯月◯日

兄はさっさと仕事を終わらせて今日もふかふかのベッドで昼から寝てる。

自分は兄のように要領よく仕事ができない。


◯月◯日

魔王のやり方に不満をもっている魔族たちと食事をした。いつの間にか2時間近く喋っていた。

また、食事をしようと誘われた。


◯月◯日

あの魔法を使えば魔王に気づかれずに人間たちの住む領地にいける。

兄は気づいていない。絶対に敵わない相手だと思っていたが、そんなことはなかったようだ。


◯月◯日

ついに勇者がきた。上手く配備した。これでついに……。



バッと日記を奪い去られた。

「わっ……ちょっと、何するの。アルジェお兄様」

「もう読むな。クローチェには、ツライ内容だろ。それにお前、すごく今にも泣きそうな顔してるぞ」

「それ言ったら、アルジェお兄様にとっても受け入れがたいような内容でしょ。別に私は平気だから!それに、他のページにまだ何かあるかもだし……ほら、貸して!」

「やだね。受け入れがたいって言って、逃げるわけにはいかない。俺が読む」

「待って待って!ストップ!2人とも、落ち着いて〜、はい!深呼吸!」

ぎゃーぎゃー騒いで日記を取り合うクローチェとアルジェントの間に入って止めようとするリザシオン。

すーはー……と2人が深呼吸をしているうちに、サッとリザシオンが日記を取り上げる。

「あ、ちょっと勇者!」

「おい、勇者リザシオン!」

「これは僕が預かります!日記の内容を読むよりも、やらなくてはいけないことがありますよね?」

リザシオンにそう言われ、ハッとなるクローチェとアルジェント。


クローチェ達はフィクや勇者の仲間達、そして、レライトの妻であるレティアを起こしにいった。

もちろん、魔王代理にも連絡し、転移魔法でこちらに来てもらう。


「そう……彼だったのね」

魔王代理は少し残念そうな表情を見せた。

傍ら、レティアはポロポロと涙を流していた。

「そんな……あの人が、魔王様を……!ごめんなさい、お義姉さん……!!魔王様を、あんな……!ごめんなさい、あなた……苦しみに気づいてあげられなくてっ」

レティアは立っていられなくなって、地べたに座り込み泣いていた。

「母上……」

アルジェントは母親を抱きかかえ、片手を握り、慰めていた。


「魔王代理さん、これを……」

リザシオンはレライトの日記全てを魔王代理に渡した。

「……ありがとう。助かったわ」


レライトは魔王代理の転送魔法で地下牢獄に転送された。

時計を見れば、午前4時。

魔族たちが住む国では太陽は昇らない。

紅い月が何食わぬ顔で輝いていた。



「姫様……姫様……!!」

フィクの声でハッと目が覚めるクローチェ。

「わ、フィク……おはよう」

ゴシゴシ目を擦りながらクローチェはフィクを見る。フィクは困ったような、呆れたような顔をしていた。

「もうお昼の12時ですけどね。はぁ……いつの間にか部屋から居なくなっていて心配したんですよ。それに……」

ふわっと薄手のブランケットを掛けられる。

「こんなところでうたた寝をしていたら、風邪を引きますよ」

クローチェはふらふらと立ち寄ったガゼボで、うっかりそのまま寝てしまったのだ。

「ありがと、フィク」

クローチェはそう言って、ブランケットをきゅっと寄せる。確かにちょっと肌寒い。

「……ホットミルク、飲みますか?」

「うん、飲む」


レライトの一件から、クローチェはあまりよく寝れていない。

魔王代理は、リザシオンから受け取ったレライトの日記を細かく読み、調査している最中だ。


自室に戻ったクローチェは、フィクが用意してくれたホットミルクをちびちび飲んでいた。

そんなときだ。

「姫様、姫様〜!ね、開けてー!超ビッグニュース!」

ドンドンと扉をノック……いやもう叩かれている。

「この声は……ココ?フィク、扉を開けて」

フィクが扉を開けるとココがスキップしてクローチェの前まで来た。

「ひ、め、さ、まっ!魔王代理様がお呼びで〜す!」

「お母様が?なんだろう……」

「超重大なことだって!姫様の心の炎があつ〜く燃え上がるような内容だよー?」

「私の心の炎があつーく燃え上がるような内容……?ねぇ、ココは知ってる……よね?その口ぶりだと」

「えへ?うっかり〜魔王代理様の心の声が聞こえちゃってー?」

「不敬な……」

じとーっとした目でフィクは思わずココを見てしまう。

「フィク〜そんな目で見ないでよぉ。大丈夫、魔王代理様は、気にしてないって言ってたからぁ!」

とりあえず、3人は魔王代理の元に向かった。



夕方、魔王城に勇者たちがやってきた。

「あのっ……!クローチェいますか?レライトさんの一件から、元気がないって聞いたんですけど……!」

リザシオンがおろおろしながらそう聞く。

「あー勇者たちか。姫様なら訓練場にいるぞ〜」

門番の魔族が訓練場の道を教えてくれる。

「それにしても……訓練場にクローチェが?前にフィクから貰った手紙には、部屋とか庭でぼんやりしていることが多いって書いてあったけど」

ミーチェがむむむ……と難しい顔をして呟く。

「もしかしたら、クローチェの愉快なお友達が気分転換にって連れ出しているかもだよ」

フォルティのその言葉に、リザシオンはハッとした表情になる。

「ど、どうしよう。お菓子、もっと用意した方が良かったかな……?」

リザシオンが手に持つバスケットの中には手作りのお菓子が入っている。

「まぁ大丈夫じゃね?あ、訓練場が見えてきたぞ!」

アガットが指さした先、門番から聞いた訓練場が見えてきた。

「クローチェ、元気かな……」

リザシオンがそっと訓練場を覗いてみれば……。


「てりゃ〜!そりゃ〜!」

動きやすい服装に着替えたクローチェは、訓練場のあちこちに設置された的に火球をドンドン当てている。

びゅんびゅんと飛び交う火球。やる気オーラ全開のクローチェ。

「クローチェ、輝いてるっ……!か、カッコいい

!」

リザシオン、ニッコニコ笑顔。しかし、すぐにハッとなる。

「あれ……クローチェって元気がないって聞いたけど……?」

「そだよん。ちょ〜っと前までは確かにぃ萎れた花みたいだったんだよー?」

ひょこっとリザシオンたちの後ろに現れたのはココだ。

「それじゃあ、なんであんなにやる気に満ち満ちてるの?」

ミーチェが首を傾げれば、ススッと側にフィクが現れる。

「魔王代理様から、あの話を聞いたからです」

「あの話?それって……」

フォルティが詳しく聞こうとしたその時だ。

「ちょうど良かったわ。あなた達にも早急に伝えなくては、と思っていたのよ」

「魔王代理さん!あの話ってもしかして、レライトさんの日記の件……ですか?」

リザシオンの言葉に魔王代理は頷く。

「えぇ。先ほどクローチェには伝えたのだけど……実は、日記を詳しく読んでわかったことがあるの」

息を呑むリザシオンたち。

「それで、わかったことというのは……?」

「魔王を陥れた魔族が、まだあと一人いるのがわかったわ」

「それって誰なんですか!?」

リザシオンが前のめり気味に聞けば、魔王代理は首を横に振った。

「そこまではわからなかったわ……。その魔族がどんな人物なのかもよくわからなかったわ」

「とにかくあと一人……魔王を陥れた魔族がいるってことだね」

フォルティの言葉にリザシオンはグッと拳を握る。

「魔王代理さん、僕たちにできることがあったら、いつでも!どんだけでも言ってください!」

「あら、頼もしいわね。それじゃあ、困った時は遠慮なく頼るわ」

魔王代理はふっと表情が柔らかくなった。

「そうだわ、あなたたち、クローチェの相手をしてくれない?」

「え!?い、良いんですか!」

リザシオンの瞳はキラキラだ。

「えぇ。昨日までのクローチェ、本当に元気がなかったから……きっとあなたたちと一緒にやったらいい気分転換になるだろうし、今のクローチェは、もっと強くなりたいって思ってるから、成長するチャンスにもなるわ」

魔王代理のその言葉を聞いたリザシオンたちは、クローチェがいる訓練場に走る。


「クローチェ!僕と勝負してくれませんかっ!!」

「リザシオンの次は私と勝負よ、クローチェ!」

「一対一も良いけど、チーム戦とかも楽しそうだよな!色々やろうぜ!」

「クローチェ、君が元気出るように新しい歌を作ったんだ!聴いてくれ!」

バーンッ!とクローチェの前にリザシオンたちが現れた!

「ゆ、勇者たち?び、びっくりした〜!」

クローチェはすぐにパッと眩しい笑顔になる。


しばらく訓練場には、勇者たちとクローチェの声が響いていた。

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