記録44 黒歴史

夜。リザシオンは、ふっかふかの高級ベッドの上でゴロゴロ転がっていた。


「眠れない……」

普段はもっと硬めのベッドで寝ているので、ふかふかは何だか慣れない……。

昼間、レライトが時折見せた劣等感や、自己肯定感の低さが気になる。やはり魔王を陥れた魔族なのだろうか。

それに……

よくよく考えたら、この屋敷にはクローチェもいる!ひとつ屋根の下にクローチェと自分がいる!!

「眠れないよぅうう……」

ベッドの上でゴロゴロ、ジタバタ。

しばらくリザシオンはそうしていたが、途中でガバッと起き上がる。

「ちょっと夜風にあたりにいこう……」

あのまま、ぐるぐる色んなことを考えてジタバタ暴れてたら、そのうち熱でも出そうだ。

少し冷静になろう……リザシオンはそう思い、部屋を出た。



心臓が飛び出るかと思った。

紅い月明かりが照らす薄暗い廊下、前方に見覚えのある後ろ姿……クローチェがいる。

ゆったりした黒いナイトドレス。赤いリボンの飾りが目を引く。

そしてふんわり軽く編んだ三つ編みが揺れる。


「ク、クローチェ?」

リザシオンが名前を呼ぶと、くるっとクローチェは振り返る。

「あれ、勇者?」

寝ている人たちの迷惑にならないように、足音を気にしながらリザシオンはクローチェに近づいた。

「こんばんは、クローチェ。それにしても、どうしてこんなところに?」

「調査してたの」

「調査?」

すると、クローチェが手招きする。どうやらひそひそ話をしたいから、もっと顔を寄せろとのことだ。

リザシオンはドギマギしながらクローチェにスススッと近づく。

「証拠がどこかにないかなーと思って調べてたの」

「しょうこ……あぁ、魔王を陥れたっていう証拠になりそうなものを?」

クローチェはコクコクと頷く。

「それで……なにかあった?」

「物証はまだ。とりあえず、怪しそうな部屋は見つけたの」

「怪しそうな部屋って?」

リザシオンがそう聞くと、クローチェはより近づく。リザシオンの心臓が破裂しそうだった。

「貴重品を保管している部屋があるんだけど、そこは召使いとかは入れないの。叔父様、叔母様、アルジェお兄様の3人しか入れないように特殊な魔法を使用しているって話なの」

「なるほど……証拠を隠すのに適した場所ってことだね」

「それともう1つ。部屋自体は誰でも入れるけど、叔父様専用の物置がある。叔父様が管理していて他の人が入ることは滅多にないの」

「ふむふむ……じゃあ、何とかしてその2つの部屋に入って調査したいね」

二人でひそひそ話していると、足音が聞こえる。

クローチェとリザシオンは口をつぐみ、息を潜めた。


「お前たち……こんなところで何しているんだ」

縛っていない銀髪がサラサラと揺れる。

曲がり角から現れたのは、アルジェントだった。

「アルジェお兄様こそ、何でいるんですかー?」

クローチェがそう聞くと、アルジェントは眉をひそめた。

「……寝付きが悪くてな。夢に必ずクローチェが出てきて振り回されるんだ。おかげでぐっすり眠れん」

「そんなこと言われても、私は知らないもん」

クローチェはふいっとアルジェントから顔を背ける。

リザシオンはアルジェントさんって夢に見るぐらいクローチェのことが好きなんだなーとひっそり思った。


「それで……クローチェ、ここで何を?真夜中に男と会うなんて……姫の自覚はどこに置いてきたんだ」

「私もアルジェお兄様と同じく眠れなかったんですよ〜。それで、ちょっとお散歩してたら勇者と偶然会ったから、少しお喋りしてたの」

アルジェントはギロリとリザシオンの方を見る。

「本当に少しお喋りしてただけなんだな?」

「そ、そうだよ。僕も緊張して眠れなくて……クローチェと喋ったら、少し落ち着いた気がするよ」

いや、むしろ心臓が飛び出そうになったり、爆発しそうになったりして落ち着きはしなかった気がする。でも、いつもの調子にはなった気がした。


「……仕方がない。部屋まで送ってやる」

アルジェントは腕組みをしながらそういった。

「え、わざわざありがとう」

リザシオンが感謝の言葉を口にしたらアルジェントが苦虫を噛み潰したような顔になる。

「部屋まで送るのはクローチェだけだ。お前は自力で帰れ。ついでにそのまま永眠しろ」

「永眠はむりだけど、安眠はできそうかな」

「お前……けっこうスルースキル、高いんだな」

「ハハ……ミーチェで慣れたからかなぁ」

「ちょっと二人とも〜部屋にもう戻るんじゃないの?置いてっちゃうよ?」


3人は仲良く(?)一緒に部屋に戻ることにした。

静かな屋敷の中、聞こえるのは3人の足音のみ……のはずだった。

ガタンッとどこからか、何か物を落としたような音がする。

「物音……?奥の部屋から聞こえたよね」

リザシオンの視線は奥の部屋の扉だ。

「あの部屋は……父上が物置に使っている部屋だな」

「こんな真夜中に片付けなんてしないよね……まさか、泥棒?」

クローチェの泥棒という一言にアルジェントは反応する。

「確かめるか……」

「なら、僕もいくよ」

「じゃあ、私も行く」

「クローチェは部屋に戻ってろ」

「えー気になるんだけど〜」

「ふ、二人とも、声が大きい……」


結局、3人でそろりそろりと物音がした部屋に近づく。

そして、アルジェントが勢いよく扉を開けた。


扉を開けた先、廊下以上に暗い部屋……天井すれすれまでの高さがある大きな書棚、そのそばに誰かがいた。

リザシオンが素早く光の魔法で部屋を照らした。


そこにいた人物が判明した瞬間、3人の背後にあった扉が勝手に閉じた。

そして、ガチャンと鍵が閉まる音がした。


「なぜ、鍵を閉めるのですか……父上」

アルジェントは、書棚の側にいた人物、レライトを見て静かにそう言った。

「なぜ?それは、見てはいけないものをみてしまったからだよ」

レライトの片手には一冊の本が握られていた。

どうやら、書棚に入っている一部の本を入れ替えようとしていたようだ。床にいくつかの本が乱雑に散らばっていた。

重要な本ならそんな扱いはしないだろう。つまり、それらは捨てる本。そして、誰かに見られては困るから、こんな真夜中に処分しようと考えたのだろう。


(やっぱり、叔父様がお父様を……そしてあれは、証拠)

レライトが処分してしまう前に、何とか一冊だけでいい、内容を見ることはできないだろうか。あわよくば、手に入れたい。

じりっとレライトの方へ近づこうとするクローチェの肩を、リザシオンが掴む。

クローチェがリザシオンを見れば、リザシオンは首を小さく横にふる。

レライトがどう動くのかわからない今、動くのは確かに危険だ。


「父上、その手に持っている本は、何ですか?」

アルジェントが静かにそう聞いた。


「これはね……黒歴史が記されているんだ」

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