記録42 急に押しかけてすみませんっ
クローチェの従兄妹、アルジェントは遠目から見てもわかるぐらい不機嫌そうだった。
「おい、クローチェ……後ろのは何だ」
「何って、フィクと……勇者御一行?」
クローチェは後ろをチラリと見ながらそう言った。
クローチェの後ろにはメイドのフィク、そしてなぜかリザシオン達四人がいた。
「えっと〜……突然で申し訳ないんですけど、レライト殿に会えたりします?」
リザシオンがそっと前に出てアルジェントにそう聞いた。
レライト……アルジェントの父、つまりクローチェの叔父。ということは、魔王の兄弟。
アルジェントは険しい顔をした。
「父に何のようだ?」
「魔王に関する情報収集よ。兄弟なら色々知ってると思ってね」
ミーチェも前に出てきて堂々とそう述べた。
「たまたま魔王城に行ったら、クローチェがどこかに行くタイミングで、行き先を聞いたら俺達がそのうち会いたいなーって思ってるレライト殿の家に行くって言うから、お願いして連れきてもらった……というわけさっ」
フォルティが、クローチェと一緒にここまで来た経緯を説明してくれた。
「な〜今日って会えそう?ダメなら後日でもいいんだけど」
アガットも前に出てきてそうアルジェントに尋ねる。
アルジェントの眉間のシワが……というか顔がどんどん険しくなっていく。
予期せぬ客が来たから不機嫌。もちろん一番の理由はそれだ。
でも、理由はもう一つあった。
(距離感、近すぎるだろ)
アルジェントはムギギ……と難しい顔をする。
フィクはクローチェの少し後ろでそっと控えている。
だが問題は、クローチェの右横にリザシオン。左横がフォルティ。ぴとっと並んでいる。
「ぶん殴りたい……」
アルジェントがボソッと呟いた言葉に反応したのはアガットだ。
「え!?殴り合い!?勝ったらアンタの親父さんに会えるとかそーゆーやつ!?」
アガットは拳をブンブン振りかざす。
「なら、負けたら帰ってもらおう」
アルジェントもやる気スイッチが入っちゃった様子。
「え、人様の玄関前で暴れちゃってもいいのかな……?」
リザシオンが心配そうな顔をした。
「大丈夫だよ〜。前に叔母様から聞いたことあるけど、この屋敷にはそこそこの防御魔法がかかってるから、ちょっとのことでは倒壊しないのよって言ってたんだよ」
クローチェがそう言うと、リザシオンはホッとした表情になり、またフォルティが興味津々の表情になった。
「へぇ~屋敷に防御魔法をかけてるんだね。他にも何か魔法をかけてたりするの?」
「そうだよ。防音とか、部屋の中が寒すぎたり熱くなりすぎたりするのを防ぐ魔法とか〜……」
またまたクローチェとフォルティの距離が近くなっている!!
「おい、勇者と吟遊詩人もかかってこい」
アルジェントはリザシオンとフォルティまで呼ぶ。
「だったら、私も参加させてよ」
ミーチェも手を上げて主張した。
「構わない。4人纏めてかかってこい。ぶっ飛ばしてやる」
バチバチ火花を散らす5人。
「わ〜お。がんばれ〜」
ゆる〜くクローチェが応援する。
「ちなみに姫様……誰を応援しているのですか?」
フィクがそっと聞いた。
「ん?ミーチェちゃんだよ」
クローチェは迷うことなくそう答えた。
「では、始めるぞ。そっちから仕掛けてこい」
アルジェントは不敵に笑って試合開始の合図をした。
まず、リザシオンとアガットが動き出した。
その瞬間……。
ガチャリと玄関の扉が開いた。
「アルジェント、何をしているんだ?」
銀髪の男が現れた。
「ち、父上」
「叔父様!」
アルジェントとクローチェが声を上げる。
リザシオン達はまじまじと男を……レライトを見た。
「やぁ、クローチェ。久しぶりだね」
レライトは柔和な笑みを浮かべていた。
「……というわけで、殴り合い……じゃなくて、決闘?をしようとしていたのです」
アルジェントが経緯を説明する。
「なるほどな。では、部屋の準備をしないと」
「そうですか……って、は?部屋の準備?」
レライトはリザシオン達の方を見る。
「みなさん、ぜひ我が屋敷に泊まっていってください」
こうしてリザシオン達は、クローチェと一緒にレライトの屋敷にお泊りすることになったのだ。
「みなさん、いらっしゃい。この紅茶とお茶菓子、口に合うといいんだけど」
レライトの妻、レティアがお茶を振る舞ってくれた。
料理が趣味のリザシオンは興味津々だ。
レティアは息子のアルジェントの顔を見るなりクスクス笑う。そして、眉間を指でつついた。
「アルジェント、眉間にシワが寄ってる。跡がついちゃうわよ」
アルジェントは、またムギギ……と険しい顔になりそうになったが、深呼吸して心を落ち着けた。
そして、アルジェントはチラリと対面に座るクローチェを見た。
「ん〜!叔母様がつくるこのパウンドケーキ、本当に美味しいっ!」
クローチェはほっぺに手を当ててパウンドケーキの美味しさに悶絶している。
アルジェントは、フッと笑う。
クローチェは美味しそうに食べるなぁと心の中では思っている。
「おい、クローチェ、ケーキの欠片が口の端に付いてるぞ。まったく、どうやったらいつもいつも、口の端に色々付けられるのやら……」
口からこんな言葉しか出ないけど。
クローチェはバッと自分の口元に触れる。
「う、嘘。どっち?てか、そういうアルジェお兄様だっていつもいつも!私を小馬鹿にするセリフしか言わないのって何なの!?」
「ちなみにクローチェ、ケーキの欠片が付いているのは逆の方だぞ」
仕方がない、取ってやるかとアルジェント腰を浮かしたその瞬間、スッとクローチェの口元に誰かの手が伸びる。
「クローチェっておっちょこちょいよね」
「わ、ミーチェちゃん、ありがとう!欠片が付いてたのこっちだったんだ」
クローチェがえへへと照れた表情をした。
アルジェントは椅子に座り直すと、紅茶を一気飲みした。レティアが淹れてくれた紅茶は、リラックス効果のある紅茶らしい。
「それで……みなさんは兄の、魔王様の話を聞きたいとのことでしたね?」
ティータイムを一通り楽しんだ辺りで、レライトがそう言った。
「はい。魔王がどんな方なのか調べていまして。教えてもらえますか?」
リザシオンがそう言えば、レライトは頷く。
そこでクローチェが手を上げた。
「叔父様、良かったら私も話を聞きたいのだけど……いい?」
「クローチェも?もちろん構わないが」
「実は、幼い頃のお父様の話ってあまり聞いたことがないの。もし良かったら、その頃のお父様の話が聞きたいな」
「わかった。では、部屋を移動しようか。せっかくだしアルバムを見ながらの方がいいだろう?」
レライトのあとに続き、リザシオン達は部屋を移動する。アルジェントも付いてきていた。
「なんだ、お前も話を聞くのか?」
「邪魔でなければ」
「あ、良かったら、アルジェントさんの知ってる魔王の話も聞きたいです」
リザシオンがそう言えば、アルジェントは「わかった」と答えてくれた。
「では、こちらへどうぞ」
ダークブラウンの扉が開かれる。
リザシオンは少し緊張した表情で部屋に入る。
今回は、魔王に関する情報以外にも知りたい事がある。
それは今、目の前にいる男……魔王の弟、レライトの事だ。
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